企業メセナの現場では、1995年頃からの「エイブルアート・ムーブメント」(*1)に呼応するかたちで、さまざまな障がいのある人々の芸術・文化活動に注目し、その支援に取り組んできました。そして現在、2020年に向けて多様性を認め合う社会を実現すべく、さらに幅広いメセナ・プログラムの展開が始まっています。
本フォーラムでは、国内外で「アール・ブリュット」や障がい者とのアート活動に取り組む、パトリック・ギゲール氏と栗栖良依氏をゲストにお招きしました。また会場には、障がいを持つ方々の就労拡大をめざすパソナグループの「アート村」による絵画作品が展示され、企業のメセナ担当者や文化関係者ら約40名が集っての開催となりました。
 
*1 エイブルアート・ムーブメント…「可能性の芸術運動」として、障がい者や生きづらさを抱えた人々の表現を支援する活動。
 
 
|プレゼンテーション1:パトリック・ギゲール|
アール・ブリュットの展覧会を手掛けているパトリック・ギゲール氏のプレゼンでは、ヨーロッパにおけるアール・ブリュット作品の傾向やアーティストの特性などの説明と、日本におけるアール・ブリュットの概念との違いについて指摘がありました。
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■アール・ブリュットとは?
パトリック氏が、ディレクターを務めるフランス・ナント市のアートセンター「リュ・ユニック」では、アール・ブリュットを美術史上のアウトサイダー/インサイダーとして区別するのではなく、作者の内面がどのように表現されているかを重視しているという。アール・ブリュットの作品は、作家自身の心の中を映し出す鏡のようでもある。
なかには現実離れしていて理解が難しい作品や、これは作品かと疑問に思うようなものもある。作家は自分の中で理想郷をつくり、それを作品に投影させていく志向があり、また、同じようなことを何度も繰り返すというスタイルも制作の特色である。制作自体が生涯続く終わりのないプロセスであることも、アール・ブリュットの作家の共通項として挙げられる。
 
■日本のアール・ブリュットは社会福祉なのか?
日本とヨーロッパではアール・ブリュットの概念が異なっていて、日本ではアール・ブリュットを社会福祉の観点から考える傾向があるのではないか、とパトリック氏は指摘。
日本のアール・ブリュットの作品は海外でも多く展示されているが、障がい者の作品と捉えられている。ヴェネチア・ビエンナーレにも出展し、トゲに覆われた独特な陶芸作品をつくる澤田真一氏は、アーティストとして欧州でも有名である。
日本では、アール・ブリュットをどういった観点からみているのか。ディスエイブルや、社会福祉の観点なのか、興味がある。
 
 
|プレゼンテーション2 栗栖良依|
スローレーベルのディレクター栗栖良依氏のプレゼンは、年齢や性別、障がいの有無を超えて様々な人が街中でのパフォーマンスを繰り広げるプロジェクト「スロームーブメント」を中心とした活動の取り組みについてです。
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■ヨコハマ・パラトリエンナーレ
2012年ロンドンパラリンピックのセレモニーでは、ディレクターも出演者も、多くが障がい者だった。障がい者が、その人にしかできない表現を行うことを、2020年の東京でできるだろうかと考えた。
「ヨコハマトリエンナーレ2014」の開催にあわせて、「ヨコハマ・パラトリエンナーレ2014」を開催した。突出した能力を持つ障がい者と、高いスキルを持つプロフェッショナルが、共に芸術表現を行う国際展で、国外から、現代サーカスの作品を数多く手がけているカトリーヌ・マジ氏、ロンドンオリンピック・パラリンピック開会式にも参加したカンドゥーコ・ダンス・カンパニーの芸術監督ペドロ・マシャド氏を招聘。事前のアウトリーチや広報も手を尽くし、素晴らしいアーティストを迎えた貴重な機会だったが、障がい者からの参加申込みは少なかった。
 
■アクセシビリティの課題とアート活動をサポートする人材育成へ
こうしたプロジェクトに障がい者が参加したり、募集するにあたってはアクセシビリティの課題がある。まずは情報のハードル。福祉の分野ではWEBやSNSよりもFAXやプリントに馴染みがある。また、視聴覚障がいのある人に向けた情報のカスタマイズも必要になる。
次に、付き添いのハードル。誰かの付き添いが必要な場合、もし遠方からの参加となれば金銭面も課題となる。
最後に、精神的なハードル。例えば、幼少期から「できないこと」を指摘され続けて育つと、自分の中で、チャレンジする前から精神的なハードルを設けてしまうこともある。
障がい者だけのワークショップだったら申込みがあったかもしれないが、パラトリエンナーレでは障がい者、健常者がともに混ざり合うプロジェクトをやりたかった。そして、パラトリエンナーレでは、アートとして質が高いものをつくりたいと思ったが、上記の課題を乗り越える環境を整えないとそれは難しいことがわかった。
 
■2020年に向けた取り組み
現在、活動を支援する人材の育成もしている。障がいのある人が舞台に上がるまでのサポートをする「アクセスコーディネーター」。舞台の上で障がいのある人のサポートを、パフォーマンスしながら行う「アカンパニスト」と呼ばれる人たちである。
リオオリンピック・パラリンピックのフラッグハンドオーバーセレモニーでは、舞台演出は共通のスタッフだったが、パラリンピックでは独自のノウハウが必要になるためサポートをスローレーベルが行い、アクセスコーディネーター、アカンパニスト、衣装の担当者とともにリオへ渡った。
2020年に活躍するパフォーマーや支援する人材の育成を、2016年12月に完成した新豊洲Brilliaランニングスタジアムで行いたいと考えている。2020年はゴールでなく、社会を変えるきっかけである。これからの3~5年でノウハウをつくり、人をつくる。そして、地域に戻ったときに新しい活動が生まれる。次のステップをつくりだしていきたい。
 
 
|ディスカッション|
ディスカッションではモデレーターとして太下義之氏が加わり、二人のプレゼンを受けて、日本とフランスにおけるアール・ブリュットの違い、2020年に向けた取り組みなどについて意見を交わしました。
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■日本におけるアール・ブリュットの概念について
ヨーロッパ圏と日本では、アール・ブリュットに対する概念が違う。デュビュッフェは、芸術的な訓練を受けていない人の表現として提唱したが、日本では障がい者の表現との捉え方が多い。例えば、シュバルは郵便配達夫として生活をしながら石の理想卿をつくった。これは日本のアール・ブリュットの概念からは外れるが、フランスではあてはまる。
一方でスローレーベルは、社会を変えていくための一つのチャネルとして、障がい者とプロフェッショナルとのアート活動を行っている、と太下氏は二人のプレゼンを振り返った。
パトリック氏は、栗栖氏のプレゼンを踏まえ、自身が行っているアール・ブリュットとは考え方が少し異なるが、障がいの有る人と、無い人、そしてプロフェッショナルが混ざり合うという活動を称賛した。そして、日本でアール・ブリュットが社会福祉の領域に取り入れられている理由として、芸術・文化に対する国の予算や支援が足りないのではないか、と指摘する。
栗栖氏は、スローレーベルの活動では障がいの有無は関係なく、多様な人が誰でも参加できることが基本方針だという。パラトリエンナーレではあえて「障がい」をテーマとした。スロームーブメントは2020年を見据え、障がいのあるダンサーやパフォーマーの人材育成と、障がいのある人とない人との出会いの機会をつくるという2つの目的を持っていると述べた。
栗栖氏はナントも訪れており、パトリック氏のクリエイティブの質にこだわる取り組みも知っているとのこと。日本では、障がい者アート=「アール・ブリュット」や、特定の団体の活動を指すものになっていると感じるという。しかし、本来はそうではない。パトリック氏がプレゼンで紹介したアール・ブリュットの作品は、絵画のみならず建築のようにスケールの大きい作品もあって興味深く、日本でもそうした作品が紹介されると良いと述べた。
太下氏も「障がい者アート」と呼ぶことで、障がいに焦点を当てていくことになり、さらに障がい者を差別していくことにつながりかねないという。今日使われている「ソーシャル・インクルージョン」についても、一旦排除したものを再度自分たちの方へ引き寄せるような屈折した概念に感じるとして、疑問を投げかけた。
 
■2020年に向けて
パトリック氏は、まずは政府が芸術・文化に対する予算を大きく投じることが重要だという。また先の太下氏の意見を受け、アール・ブリュットは、社会から離れたいと思っている人達の表現であり、「排除する/しない」との問題とは異なると指摘した。アール・ブリュットは、アートの教育を受けていない人や、社会の常識や概念にとらわれない人々が表現するもので、それにアーティストのデュビュッフェが「芸術の一環」として提唱した概念。アール・ブリュットは「3つのS(=サイレンス、ソリチュード、シークレット)」が特徴といわれ、もともと自ら社会から離れたいと望む人達の表現も含む。アール・ブリュットを「芸術」のクオリティから見るのならば、アーティストの障がいの有無に関わらず、ベストな作品を選ぶことから始めればよい、と提案する。
太下氏も、現状の日本でのアール・ブリュット展は、キュレーションが行われないことが多いかもしれないと賛同した。
栗栖氏は、2020年を見据えながらも、日本では何か行動を起こすのに時間がかかるため、早くから動き始めることが肝心と述べた。
 
■今後の活動
栗栖氏は、ランニングスタジアムだけでなく、全国の自治体・公共施設とも連携して、スローレーベルだけでなくオールジャパンで、様々な団体と連携しながらやっていきたいと考えている。
また、2017年はパラトリの2回目が開催される年。横浜で始めたことがリオにつながっているというお話もあったので、また今年のパラトリエンナーレが種となり、東京でのオリンピックや、何年後かに繋がっていくことを思うと、とても開催が楽しみなイベントだと述べた。
パトリック氏がキュレーターをするナントでのフェスティバルは、2017年に約3か月開催予定。タイトルは「こもれび」。葉と葉の合間は、差し込む光をアール・ブリュットの人たちによる新しい考えになぞらえている。アートセラピーインターナショナル会議や、日本の太鼓と実験音楽を合わせ、障がい者のパフォーマーと行う作品、展覧会もある。枠にとらわれずに日本の新しいアートを紹介していく内容とのこと。
 
■障がいの有無を超えた環境づくり
ディスカッションの最後に栗栖氏からは、今日のフォーラムを聞いて、障がい者アートというべきなのか、誰もが表現者であると捉えるのがいいのか、「もやもや」した気分になった人もいるかもしれないと振り返った。しかしこれは、障がい者アートに関わっている人すべてが「もやもや」している問題でもあるという。スローレーベルが「障がい」という言葉を使い始めた理由は、そもそも「障がい」とは何かを考えるようになったから。障がいがあっても能力の高い人はいる。障がいは、社会の側にあるのではないか、と思い始めた。障がい者に焦点をあわせると、アクセス環境が整い、結果としてあらゆる人の参加が可能になってくる。すべての人がかかわれる入り口として、2020年に向けて、こうした考え方もあり得るのではないか、と述べた。
パトリック氏も、障がいの有無といったカテゴリーでなく、皆で共有できる環境ができるといいと賛同し、このフォーラムがアートとはなにかと考える機会にもなったのではないか、と振り返った。
未開社会では精神に異常をきたした人自身を治療するのではなく、村全体にまじないをかけることがあるという。太下氏はこの話を提示しながら、社会全体が、2020年に向けてどのように変わっていけるかを考えていきたい、と締めくくった。

 

ディスカッションでは「アール・ブリュット」概念の違いに始まり、障がい者とアートをめぐる環境の特殊性をあらためて捉え直し、誰もが参加しやすい状況や共有できる環境をつくることが大切であるとの認識を共有しました。「アール・ブリュット」や「ソーシャル・インクルージョン」の捉え方はさまざまですが、それらの概念を踏まえて、2020年に向けた今後の日本をどのようにしていけばよいのか、あらためて考えるフォーラムとなりました。

 

 
|登壇者プロフィール|
Patrick Gyger パトリック・ギゲール |リュ・ユニック ディレクター
スイスの歴史家、作家、キュレーター。 1999年~2010年、ユートピアの世界最大のコレクションを持つ「Maison d’Ailleurs」(スイス)のディレクターとして、展覧会、イベント、出版を手がける。2005年~2001年、ナント国際映画祭「Utopiales」の芸術監督。
2011年、フランス・ナント市の「le lieu unique(www.lelieuunique.com)」のディレクターに就任。演劇、ダンス、美術、音楽、文学を複合的・超域的に扱うユニークで先駆的なアートセンターで、開館年には年中無休で数多くのプログラムを実施した。また、ジャンル問わずSteve Reich、Philip Glass、Robert Lepage、Thomas Ostermeier、Boris Charmatz、Patti Smith、Christoph Marthalerといった名だたる現代アーティストに学際的なアプローチのための機会を提供した。近年の企画では、ビデオゲーム、建築家集団、ユートピアシアタースペースといったテーマを扱うなど、池田亮司やRobert Henke、Pascal Dusapinなどのアーティストとの巡回展を実施。また、2017年夏に開催予定の「Barbican Center」(ロンドン)のゲストキュレーターを務めるほか、「欧州宇宙機関」、「ワシントン議会図書館」、「la Gaîté Lyrique 」(パリ)、「HEAD」(ジュネーヴ)、「ローザンヌ大学」、日本、カナダ、アイルランドでの講義多数。
 
栗栖良依 |スローレーベル ディレクター
7歳より創作ダンスを始める。高校生の時にリレハンメルオリンピックの開会式に感銘を受け、卒業後は東京造形大学に進学。在学中から大手イベント会社に所属し、スポーツの国際大会や各種文化イベントで運営や舞台制作の実務を学び、長野五輪では選手村内の式典交流班として運営に携わる。2006~07年、イタリアのドムスアカデミーに留学、ビジネスデザイン修士号取得。帰国後、東京とミラノを拠点に世界各地を旅しながら、各分野の専門家や地域を繋げ、商品やイベント、市民参加型エンターテイメント作品のプロデュースを手掛ける。10年、骨肉腫を発病し右下肢機能全廃。翌年、右脚に障がいを抱えながら社会復帰を果たし、国内外で活躍するアーティストと障がい者を繋げた市民参加型ものづくり「スローレーベル」を設立。14年「ヨコハマ・パラトリエンナーレ2014」総合ディレクターを務め、日本のコ・クリエイションアワードベストケーススタディ賞受賞(インフォバーン、電通)。
公式サイト:http://www.slowlabel.info/
 
太下義之 |三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 芸術・文化政策センター主席研究員/企業メセナ協議会監事
(公社)日展理事、(公財)静岡県舞台芸術センター(SPAC)評議員、(公社)企業メセナ協議会監事。文化経済学会<日本>監事、文化政策学会理事、コンテンツ学会理事、政策分析ネットワーク共同副代表。文化庁文化審議会文化政策部会委員(~2016年3月)、東京芸術文化評議会委員、大阪府・2025年万博基本構想検討会議委員。沖縄文化活性化・創造発信支援事業(沖縄版アーツカウンシル)アドバイザリーボード委員、鶴岡市食文化創造都市アドバイザー、新潟市文化スポーツコミッションアドバイザー。文化情報の整備と活用100人委員会委員、著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム発起人など文化政策関連の委員を多数兼務。
 
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