東日本大震災 芸術・文化による復興支援ファンド「GBFund」のページ

夏祭りが日々、行われている。協議会のGBFund(東日本大震災 芸術・文化による復興支援ファンド)でも、この夏に東北で行われる祭りや郷土芸能を支援させていただいていて、8月半ば、二つの活動を見に行った。2011年に立ち上がった「プロジェクトFUKUSHIMA!」と、今年初めての開催となる「三陸国際芸術祭」だ。

福島駅から歩いて5分ほどの街なか広場、そこが今年の「プロジェクトFUKUSHIMA!」の会場だ。震災後、福島出身の遠藤ミチロウ、大友良英、和合亮一らアーティストが集い、フェスティバルを通して福島のいまを伝え、福島の未来を考える場をつくろうと始めた。今年で4回目、毎年、終戦記念日の8月15日に開かれる野外音楽フェスである。
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足元には色とりどりの布でつくられた「福島大風呂敷」が敷かれている。これは2011年の第1回、会場となった「四季の里」の6,000㎡におよぶ芝生を覆うために考案されたもので、参加者が直接芝生に座ることによる表面被爆を防ぎ、靴の裏についた放射性物質を拡散しないようにする対策で、全国から送られた布を縫い合わせてできている。以来、プロジェクトFUKUSHIMA!を構成する重要なアイテムだ。
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さらに今年は「名入のぼり旗」。50㎝幅の大小の旗に賛同者の名前を大友さんが書き込み、会場を彩るとともに賛助金を募集する仕組みになっている。ステージと櫓が幾つか組まれ、ビールや軽食の出店も並び、すっかりお祭りの支度が整った。そこで繰り広げられるのは「納涼!盆踊り」。大友良英スペシャルビッグバンドが演奏し、長見順が歌い、珍しいキノコ舞踊団が踊る。このメンバーで盆踊り?なのだけど、遠藤ミチロウさんはじめプロジェクトメンバーからの提案で昨年「ええじゃないか音頭」がつくられ、盆踊りが苦手でダサいと思っていた大友さんも、「ええじゃないか、ええじゃないか」のかけ声で来場者が踊ったときに「これだ!」と思ったのだとか。
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薄曇りの空から時折、雨粒が落ちる。なんとか本降りは避けてと、なだめるような気分で空を眺めているとドドンがドン!独特のリズムに乗せて「あまちゃん音頭」が始まった。なんともゆるい感じ。同じドラマの挿入歌「地元に帰ろう」も音頭仕立てになってしまい、「すみだ川音頭」「クダラナ庄助音頭」「新生相馬盆唄」などなどと続く。
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広場の真ん中は高い櫓で歌い手が乗っているけれど、低めの櫓が点在していて、ダンサーが振付を教えてくれる。幾つもの小さな踊りの輪ができ、歌も口ずさみながら、200人ほどの来場者が皆、跳ねるように踊っている。提灯に灯りが点るころには、踊りもちゃんとマスターして、汗と雨で湿った浴衣から湯気がでそうな具合だ。
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「ええじゃないか音頭」、陽気なメロディーで福島を歌う。「ジシン過剰はお国柄…線量計って盆踊り、風呂敷広げて盆踊り…シャッター街でもええじゃないか、住めば都でええじゃないか」。歌の間に、踊り手が皆手をつないで輪を縮めたり広げたりするパートがある。まるでフォークダンスのようなのだけど、ぐちゃぐちゃに思い思いに輪をつくり崩していくところが好きだ。昔ながらの盆踊りで、他の人の振りを見ながら恐る恐る輪に加わるのと違い、手を引っ張られたり、声を掛け合ったりしながら、それぞれに体を動かす。よそ者でも加われる盆踊り、観客ではなく輪の仲間になって、またこの場と時間を共有したい気持ちにさせられる。覚えたての音頭が頭の中をリフレインして、自分たちの祭りづくりに立ち会っているのだなと思う。
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8月16日から24日まで、大船渡を中心に陸前高田や気仙沼まで、7つの拠点をつなぎながら「三陸国際芸術祭」は行われた。仕掛けたのはNPO法人ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワーク(JCDN)。2013年には「習いに行くぜ!東北へ!!」と称して、ダンサーたちが東北各地に滞在して郷土芸能を習い、地域の文化に触れるプログラムを展開してきた。JCDN代表の佐藤範一さんはプログラムを進める中で、「ガムランを見に世界から人が訪れるバリのウブド村のように」、この地の郷土芸能の素晴らしさを発信し、世界から多くの人々が見たり習いに来てほしいと考えたのだという。
プログラムは三陸地域のお祭りに始まり、バリ舞踊や韓国農楽を交え、新たなダンスや演劇の創作、シンポジウムまで、盛りだくさんで濃厚な内容だ。私が行ったのは初日のオープニング、大船渡市三陸町の「三陸港まつり」で、震災後は津波による被害が大きく開催が危ぶまれたものの、地域の方々が中心となり「鎮魂の祈りと復興の大祈願」をスローガンに継続し、今年で40回目を数える。
会場は越喜来中学校のグランドで、まずは近隣の円願寺さんに芸能を奉納。地域のお祭りと一括りに言っても、一説によれば「東北には3,000もの郷土芸能がある」とされる豊かさ、日頃から修練を重ねた演技はどれも個性的で、そして、ものすごくカッコいい!
鹿頭に白く長いササラが特徴的な金津流浦浜獅子踊、お寺の周辺を太鼓を叩きながら巡ってくる。8人で構成を変えながら踊り、ササラを地面にたたきつけ、太鼓と唄にあわせて跳ねる。次の浦浜念仏剣舞は、越喜来の浦浜地区に伝承されていて、剣を振りかざす激しい踊りには小さな子どもたちも加わる。続く川原鎧剣舞は、平家一門の亡霊を弁慶が退散浄仏させるさまを演じる。びんざさらを経巻に見立て、仮面をかぶった亡霊と対峙する勇壮な踊り。いずれも激しい動きなだけに、踊り手は比較的若い。それを見守る先輩方が、立ち位置や出番を指示したり、衣装や仮面の世話をしていて、こうやって引き継がれていくのだなと思う。
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芸能の奉納が終わると、地区の皆さんで灯籠行列。グランドまで歩き、先祖供養と慰霊の儀式を終えた後は、さらに芸能の競演が続く。千歳明神太鼓が力強い演奏を披露し、鹿踊と剣舞が再び登場した後は、ガムランの演奏とバリ舞踊。繰り返されるガムランの調べに乗って、繊細で優美な踊りが神様に捧げられる。最後の締めくくりは黒岩鬼剣舞、鬼の面をかぶった若者たちが、剣を手にしながらアクロバティックで気迫のこもった演技を繰り広げ、観客の拍手を浴びた。
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気がつくと、予定の終了時間を一時間以上オーバー。21時半ともなれば、三陸鉄道の終電も行ってしまう。だが地元のお祭り、来場者は最後の演技まで見届ける。聞けば、なかなか一堂に会することのない芸能団体がそろったのだとか。そしてやはり、精緻かつ勇壮な演技を継承していくには、子どものころからの鍛錬が必須なのだという。ひとつの地域で次の世代に教えていくからこそ、芸能がその地域の基盤となりえる。同じ踊りを演じられること、唄えることがコミュニティに育まれた証だろうし、人々の縁となるのだなと思う。三陸の芸能もバリ舞踊も、伝承されてきたものを自らの身体で表現することの栄誉というか、誇りの高さを感じる。
五穀豊穣を祈り、神と自然に感謝を捧げ、唄い踊り継がれてきた郷土芸能。JCDNは外からの視線とアクションで、世界との接点をつくった。遠来の客は、三陸の地で鑑賞できる喜びを知り、その尊さが広く発信され、交流の中で価値を高め合う機会が増えることを願うばかりだ。新しい国際芸術祭が、三陸地域の人々とともに動き始めた。
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(荻原康子)

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