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 Hakuju Hallは、最近高感度の街として人気の高い、代々木公園エリアにある。駅に降り立ち、公園を横目に歩くと、まもなく白寿生科学研究所本社ビルが現れる。
 7階に上がり、ガラス張りのHakuju Hallのホワイエから新宿の高層ビル群の夕暮れの風景を眺める。周囲は高いビルのない住宅地なので、さながら空中に浮かぶホールの趣である。

 今日の演目が「能オペラ」と聞いて、面白そう!と思うと同時に、はたして理解できるだろうか?と不安になった。能といえば、遥か昔に薪能を見た程度である。慌てて能の素養のある友人に尋ね、『対訳でたのしむ葵上』を読んで臨む。

 第1部で演奏される曲は、〈風の声〉〈Appoloys Ⅱ ホメロス時代の破片〉〈マクベス5.1〉。能アーティストの青木涼子が、2010年から毎年、世界の作曲家に委嘱してきた自主企画「Noh×Contemporary Music」から選ばれた3曲である。それぞれ、イタリア人の現代作曲家による日本語の謡(うたい)、ギリシャ人の現代作曲家によるギリシャ語の謡、ギリシャ人の作曲家による英語の謡、と国際色豊かだ。

 静寂の中、フルート奏者の斎藤和志が現れる。フルートの澄んだ音がホールに響く。ふだん音を聴くのとは違う次元で音を体感する快感に身を委ねる。
 シテ(主役)の青木涼子が現れる。凛とした立ち姿が美しい。同時に、男の袴姿であることにはっとする。

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能アーティストの青木涼子氏。

 1曲目は謡として聴いたが、2曲目になると、ギリシャ語が全く分からないこともあり、次第に謡の声音を純粋な音として聴くようになっていった。
 西洋のオペラが、天から降ってくるような音だとしたら、能の謡は、地底から響いてくるような音だ。原始へと導かれていくような不思議な感覚に襲われる。
 打楽器奏者の池上英樹がたたく打楽器の音も、楽器の音色を超え、原始からある音ってこんなだったのかなと思わせるような音として迫ってくる。

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左からフルートの斎藤和志、青木涼子、打楽器の池上英樹。

 3曲目は、木魚のような音がしたり、英語のつぶやきが浮遊するように聴こえて面白い。ガラスのコップに口を近づけて謡う、くぐもった声の響きは、マクベスの陰謀の囁き? 最後は、打楽器奏者が、シテから手渡されたコップの中に向けて何やら英語でつぶやいて、幕が閉じる。
 幕間は、観客は思い思いにシャンパンやコーヒーを片手に9階のスカイテラスへ。未知の音楽体験で興奮気味な頭を、屋外の冷気がクールダウンしてくれる。

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8階にあるスカイテラス。©Nacása。

 第2部の演目は、世界初演の〈Nopera AOI葵上〉だ。演奏の前に、本曲を作曲した馬場法子氏と、衣装をデザインした山懸良和氏のトークが行われる。印象に残ったのが、馬場氏が自身の音楽の定義について語った言葉だ。
 パリ在住16年の氏は、異国に住んで初めて仏教的な無常観や“もののあはれ”を尊いと思った。そして、西洋音楽を規範とする時間軸に忠実に演奏する音楽だけでなく、もっと広く音楽を捉えるようになったのだという。

 「人の耳に与えるあらゆる刺激を人為的に時間軸にのせるものを、音楽と捉えています」と馬場氏は言う。
 一見、雑音と感じられるものも音楽となる。馬場氏の話を聞いて、第一幕で声音や楽器の音色を純粋な音として聴こえてきたことが、腑に落ちる。
 馬場氏は今回の作曲のコンセプトを「能の微細な動きに焦点を当てて、扇が風を切る音や衣擦れの音を楽器で模倣して音素材として取り入れ、視覚と聴覚が交差する音楽を作りました」と語る。

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第二部の演奏の前に、作曲家・馬場法子とファッションデザイナー・山懸良和のトークが行われた。

 第2部が始まり、暗がりの中、六条御息所の怨霊を演ずる青木氏が現れる。まとっている衣裳は、皇帝のマントのようなシルエットだ(トークの中で、山懸氏が布団と言っていたのを後で思い出す)。
 鉄板をゴムでこする音、ホースや梱包材のプチプチシート、舞台の数カ所に斜めに仕掛けられた糸電話、そして人のしぐさなど、あらゆるものが楽器と化して音が生まれる。それらは怨霊の心の声か。

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第二部〈Nopera AOI 葵上〉。

山懸良和デザインによる衣裳。襟元の携帯に注目。
 s-hakuju_isho.jpgクライマックスで着物から取り出したのは、携帯電話(現代人との接点として使ったと、トークでの山縣氏の弁)! 何度も画面を見るのは、光源氏からの連絡を待っているのか。
 あれこれ想像するうちに演奏が終わり、舞台が明るくなる。マントのように見えた着物は布団だったことに驚き、山口百恵や松田聖子など往年のアイドルの顔がいくつも散りばめられた極彩色の衣裳に目を奪われる。

 今回の舞台は、今年4月にパリで上演予定の本編の一部の抜粋だそうだ。完成作はどれほど驚きに満ちたものになるのだろう。
 

  ヘルスケア機器を製造・販売する白寿生科学研究所は、音楽を通じて“ゆとりある精神”を実現する場を持つことで、心の健康に貢献できると考え、2003年、本社移転を機にHakuju Hallを作った。

                                               株式会社白寿生科学研究所広告宣伝部文化振興グループの遠山さおり氏。
s-hakuju_toyama_トリミング.jpg 同社の広告宣伝部・文化振興グループの遠山さおり氏は、「300席と小ぶりなホールだからこそ、豊かな音響特性を生かし、アーティストとともに手づくりする企画を大切にしていきたい」と話す。
 これまでも「リクライニング・コンサート」や「ギター・フェスタ」など、さまざまな独自の企画を打ち出している。これからも“面白いことをやっているね!”といわれるような、斬新な企画を打ち出していきたいという。


 

 そんな同社の姿勢は、この「アート×アート×アート」シリーズにもよく表れている。同シリーズは、Hakuju Hallの10周年を機に2013年に始まった自社企画の公演で、今回で3回目を迎える。新しい芸術表現を追求するアーティストに焦点を当て、最先端のアートシーンの在り方を模索するのが、コンセプトだ。

 第1回は音楽×エレクトロニクス×映像+フード、第2回は音楽×ダンス×写真、そして今回は能×現代音楽×ファッションをコラボレートした。2つの異分野を組み合わせるだけでも十分チャレンジングなのに、3つの異分野を掛け合わせた舞台を一日だけ上演するなんて、斬新かつ贅沢すぎる!

 山懸氏はトークの中で「10年前にロンドンで青木さんと会い、いつか一緒に何かをやりたいねと語り合ったのが、今回実現した」と話していた。
 青木氏は、過去のインタビュー記事の中で「日本では伝統と創造が切り離されている。私はそこを繋ぐようなことをしたい」と語っている。
 世界の最前線でクリエイティブな活動をしているアーティストたちにとって、本シリーズは、そうした夢を実現させる、貴重な実験の場なのだ。

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Hakuju Hall 。フランス人建築家アルベール・アビュト氏による「音の流れ」をイメージしたデザイン。サクラ材を用い、柔らかい音としっかりした低音の豊かな音響が特徴。椅子は、ヘッドレストをつければリクライニング・シートとなる(世界初の試み)。
©Albert Abut 写真Nacása & Partners Inc.

  正直、私自身が今回の演奏の内容を理解したとは言い難い。だが、いくつかの気付きがあった。

 今までノイズミュージックは苦手だったが、今回の舞台で、意外にも音の捉え方が日本の伝統音楽にも通じる要素があると知り、音楽の許容範囲が少し広がったこと。それから、西洋と東洋の文化の根本的な違いを肌で感じ、日本の伝統を今に繋いでいかないといけない、と改めて感じたこと。そして何より、グローバルに活躍する若き才能が新しい表現を求めて格闘する現場を見られたことがうれしかった。

 優れた芸術は、世の中の半歩先を行って、私たちに新しい視点を与えてくれる。手軽で分かりやすいものに走りがちな今、このように挑戦的な企画に感謝!最前線のクリエイターたちの舞台から刺激を受けた一夜だった。

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Hakuju Hallホワイエ。新宿方面の景色が望める。
©Albert Abut 写真Nacása & Partners Inc.
ホワイエの賑わい

 

2015年12月14日訪問

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