★メセナライターレポートはartscape, ネットTAMからもお読み頂けます。

 子どものころに観た舞台やコンサート。その高揚感は、誰の心にも残っているだろう。色彩感ある音楽に心踊り、登場人物に語り掛けられれば得意な気持ちを覚えた。感受性豊かな子どもたちの期待と興奮に満ちた熱気が立ち込める。晴海・トリトンスクエア内の第一生命ホールで行われた子どもを連れてクラシック「音楽と絵本」『くものすおやぶんとりものちょう』に足を運んで、遠い日の記憶がふと蘇ってきた。

 ドレスやシャツでおめかしした小さな聴衆は、始めこそちょっと緊張した面持ちだったものの、公演が始まると、身を乗り出してじっと舞台を見つめる。お母さんに寄り添ってリズムをとったり、台詞を熱っぽく繰り返したり、思い思いのスタイルで音に触れ合い、心地よい音が織り成すスペクタクルに五感を総動員して響きあおうとしていた。自然と両親の顔にも笑みがこぼれる。

 このコンサートを主催した認定NPO法人トリトン・アーツ・ネットワークは第一生命ホールが2001年に開館して以来、そこを拠点として、第一生命保険のメセナ活動の一端を担ってきた。子どもを連れてクラシック「音楽と絵本」コンサートは、そのうちの一つである。絵本がスクリーンに映し出され、朗読と生演奏がつく。今回、取り上げられた『くものすおやぶんとりものちょう』(秋山あゆ子作/福音館書店)は、虫の世界のお菓子屋を舞台に、弱きを助け、強きを挫く粋なヒーロー、オニグモが活躍する捕物帖風の物語である。「ええい、ごようだ!」、「がってんしょうち」といった台詞が散りばめられた虫たちの時代劇に、チャイコフスキーやムソルグスキー、ベートーヴェンなどの名曲を組み合わせるという大胆な試みだが、二つのモチーフから紡ぎ出される豊かなコスモロジーに、自然と吸い込まれていった。クラシックの名曲が、江戸の躍動感を鮮やかに浮かび上がらせる。大人の私もついつい手に汗を握らずにはいられなかった。

C.jpg A.jpg
2015年度「音楽と絵本」コンサート ©大窪道治

 「音楽と絵本」は、2003年から毎年上演され続けている人気の企画で、これまで『スーホの白い馬』(大塚勇三 作/赤羽末吉 絵/福音館書店)や『おふろだいすき』(松岡享子 作/林明子 絵/福音館書店)を始めとする12の絵本を取り上げてきた。一冊の絵本選びに始まって、構成を担当する演奏家とトリトンアーツの担当者が時に共演者を交えつつ、挿入する音楽などの打ち合わせを重ねる。制作担当として準備から携わり、本番では舞台袖から映像のキュー出しをしたトリトンアーツ事務局の高田美弥子さんは、「今回の演目は2009年の再演ですが、初演時はイメージから形にしていくというところを、一年間かけて、演奏家と一緒に二IMG_5444.JPG人三脚で作ってきました。本番では、これまでの歩みが一日に凝縮されています」と、熱い想いを語る。時間と手間をかけることを惜しまない丁寧な公演の準備に、人気の秘訣を垣間見た気がする。

IMG_5488.JPG
リハーサル風景。右は舞台袖からキュー出しの練習をする高田さん

 第一生命ホールのある東京都中央区はオフィス街だが、都内でも有数の人口急増地域でもある。なかでも30-40代の子育て世帯の増加が著しい。この企画は、「子どもを連れてクラシック」シリーズの一環として開催され、子どもと一緒にクラシックを楽しみたいというニーズに応えるものだ。その活動には、第一生命の重視する人々のライフサイクルへの意識が息づいている。同社が掲げる「一生涯のパートナーBy your side, for life」とも相通じるもの。それゆえ、人生のあらゆるステージにある人々にクラシック音楽を楽しんでほしい、という意思は若い親子向けの企画に留まらない。例えば、「昼の音楽さんぽ」は、平日の昼間に気軽に音楽を楽しみたいシニアに向けて、クラシックからジャズやフラメンコギターまで幅広く取り上げる「630コンサート」は仕事帰りに音楽で癒されたいといったトリトンスクエア在勤者を意識した企画。晴海アイランドトリトンスクエア界隈のビジネス街と高層マンション群といった地域特性を活かした個々の企画は、どれも温かい。「色々なお客様の顔を思い浮かべて活動しています」という高田さんの言葉にも、ぬくもりを感じた。

F.jpg

 

 

 

 

 2014年度小学校アウトリーチ
「4年生はじめてのクラシック」

 トリトンアーツは、ホールに足を運べないような人々のもとにも音楽を届けている。例えば、第一生命ホール近隣の小学校では、普段、授業に使用している教室や音楽室を使ったプロの演奏家によるアウトリーチが行われている。さらに幼稚園や保育園、病院や介護施設にも活動の輪は広がった。「コミュニティ事業」として行われているこれらの出張公演は、会員の会費や、寄付、協賛、国や自治体の助成等で費用をまかなっている。こうした取り組みは、音楽に親しむ機会を多くの人々に提供するだけでなく、演奏家がどのように「コミュニティ」と繋がることができるのかという大きな課題に、ノウハウの蓄積や人材育成の観点から資するところが大きいだろう。

G.jpg

 

 

 

2014年度「第一生命ホールオープンハウス」
毎年、第一生命社員もサポーターとして活躍
©大窪道治

 2016年、第一生命ホールとトリトンアーツは、15周年という記念すべき時を迎える。これだけ地域に密着した活動を続けてこられた陰には、第一生命による資金面での支援のみならず、個々の社員からのサポートがある。第一生命の社員には、時に観客として、時に個人的な寄付の形で、さらにはパンフレット配布、会場設営などを手伝うボランティア・スタッフとして、主体的に関わっているものも少なくないのだ。こうした個人も「架け橋」となってメセナ活動は歩んできた。今回の公演で見かけたボランティア・スタッフの方々からも、メセナに寄せる想いが伝わってきた。

H.jpg

 

 

 

2015年度
「トリトン晴れた海のオーケストラ」
第1回公演 ©大窪道治

 秋の東京湾。コンサートの後、木々が風に揺れる緑の小道を歩いた。子供だったころの記憶が、海風に乗って運ばれてきたようだった。来る東京オリンピックでは、選手村や競技会場が設営される晴海界隈。大きく変わりつつあるこの場所に、今年、室内オーケストラ「トリトン晴れた海のオーケストラ」が誕生した。人々の人生に寄り添うべく、トリトンアーツもさらなる変化を遂げていく。またひとつ訪れたいコンサートが増えた。

2015年9月25日訪問

ページのトップへ戻る