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 私の生まれ育った場所の近くに、地域に愛される美術館がある。
 海外から知人を迎える際によく聞かれるのが、「あなたの生まれ育った場所には何があるの?」という質問である。そんなとき私はこの美術館へ連れていく、私の大好きな場所でもある。
 場所は千葉県佐倉市、田舎道から道を折れると、林の中に突如として美術館入り口が現われてくる。エントランスからさらに木々の中の小道を抜けると広大な緑の庭園が広がる。白鳥の泳ぐ池を見ながらすすむと、ヨーロッパの古城を思わせる建物にたどり着く。そこがDIC川村記念美術館である。

 当館を運営するDIC株式会社は、1908年に川村インキ製造所からスタートした総合化学メーカーであり、色彩科学では世界トップレベルの会社だ。自社の研究員が仕事の合間、リラックスしにこられるようにという思いもこめて総合研究所に隣接して建てたという、創業一族の思いが詰まった美術館はDICの社会貢献事業であり、地域の文化活動の一助となっている。また、国内外から取引先のお客さまが来た際にもこの美術館にお連れしているのだという。

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美術館展示室に入ると、創業者の川村一族の写真が出迎える


【コレクションをみせるということ】

 今回取材した「絵の住処(すみか)―作品が暮らす11の部屋―」(2015年5月26日~16年1月11日)は各展示室を巡りながら、コレクションと空間のしなやかな関係に注目する企画展である。
 DIC川村記念美術館は西洋絵画から日本画、そして現代美術とバリエーションのあるコレクションを所有している。
 「やはりコレクションが素晴らしい、私も一ファンです」と学芸部の前田希世子さんはいう。
「最近は美術館というと展覧会を見に行くところという意味合いが強くなっているけれど、『あのコレクションがあるからこの美術館へ行く』というようになってほしいです。これだけバリエーションあるコレクションのために展示室を設計できたということは大きな魅力。これまであまり外に向けて発信してきませんでしたが、開館25年を迎えて、あらためて美術館の原点に戻った展示としました」とのことである。

【オーダーメイドの展示室と創業者一族の思い】

 作品の収集が始まったのは1960年代後半、第二代社長の川村勝巳氏と第三代社長の川村茂邦氏の二代の間に会社が収集したコレクションを公開するために設立された。

 90年に開館する美術館は、第二代社長であり初代館長でもある勝巳の盟友、海老原一郎氏の設計による建物であり、11の展示室を持つ。それぞれの展示室の設計はコレクションに合わせたオーダーメイドである。

 前田さんが入社前にDIC川村記念美術館を訪れた時の第一印象も、このオーダーメイドの美術空間にまつわる。「あまり見たことがない美術館だと思いました。展示室の床一つとっても、カーペットの部屋もあれば、フローリングもあり。ここまで意匠が豊富でそれが断続的に続く美術空間をもつ美術館は他にないでしょう」。

 例えば2階には、自然光を活かした大きな空間に、さまざまなスタイルのフランク・ステラの作品が並ぶ。これはニューヨークにあるステラのスタジオに見立てられている。世界的に見ても、これほどまでに多様なステラの作品が集められた美術館はないが、収集の理由を聞いて驚いた。作品を収集した第三代社長の川村茂邦氏は、グローバル化時代を迎え、わが社も次々と作風を変えるステラのように、新しい挑戦をしていかなければならないというメッセージをステラの作品を通して社員に伝えたかったのだという。

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フランク・ステラの作品展示室

  美術館を海谷紀衣さん(広報担当)にご案内いただいた。まずはじめにルノワールやモネなど西洋近代絵画の部屋。続いてレンブラントによる肖像画が一点だけ飾られている部屋へと続く。各部屋の壁の色は作品に応じて変えてあり、特にレンブラントの部屋はあたたかみのあるオレンジ色で、まるで作品に会いにくるような小さな空間になっている。

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一番小さな展示室には17世紀オランダを代表する巨匠レンブラント・ファン・レインが描いた肖像画をひとつだけ展示している

 作品を楽しむと同時に、建築も楽しめる空間が続く。例えば、彫刻が展示された部屋の奥に突然現われた木製の柱は、これから「和」の日本画の展示室へ続くサインだという。

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この柱が空間が変わる目印
 
 2008年に増築された展示室には、マーク・ロスコの作品が並ぶ。小栗旬さん、田中哲司さん主演の演劇『RED』(2015年8月21日~10月4日、新国立劇場にて)も話題となったロスコだが、国内でこれほどのコレクションを持つ美術館はない。

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マーク・ロスコの作品が並ぶ

 半地下階に設計され、落ち着いた雰囲気をたたえるロスコの展示室から2階へ上がると、一転して明るい外の木々や風景と一体となった空間に出る。2013年までバーネット・ニューマン「アンナの光」が展示されていた部屋である。一年の長期閉室を経て、展示室として開室後は期間限定でさまざまな展示が試みられている。現在も試行錯誤中だという。

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2階展示室

【地域に愛される美術館として:担当者たちの想い】

 「堅苦しいものではなく、来て楽しんでもらうというのが基本。リラックスして心を開く場所としてあり続けたい」と早川裕之さん(広報企画担当課長)はいう。
 鑑賞者が何回も訪れたくなるような工夫や、美術館は敷居が高いと思っている方、美術はよく知らないけれども読書や音楽が好き、という方にも来てもらいたいと、コンサートや対談、ギャラリートーク、読書会など、外に開くイベントを積極的に企画している。
 そもそも早川さんは、印刷インキを販売する営業畑出身で、「美術の美の字も知らなかった」と笑う。でも今はすっかり美術館が気に入り、この仕事が好きだと言い切る。
 「何より何度も足を運んでくれる地域の方々がいる。そのような方々にとって、友人が来たときに連れてきてくれるような身近な場所でありたいと思っている」とのことだ。


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11の展示室を回って、最後に好きな空間にピンを打つことができる

 海谷さんも地元出身だ。「人々の記憶に残る、顔の見える場所として印象付ける努力をしている。この美術館を守ることで、千葉県民の心の支え、誇りになるような施設にしていきたい」という言葉は、同じく地元出身の私には非常に嬉しく、心に響いた。

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前田さん(学芸部)、早川さん(広報企画担当課長)、海谷さん(広報担当)

  
DIC川村記念美術館の原点に立ち戻るような今回の展示は、美術館という場所のあり方や、作品展示を通じた創業者一族の熱いメッセージ、そして地域の人々に愛される美術館を体現していると感じた。ぜひDIC川村記念美術館で世界有数のコレクションを鑑賞しながら、個性豊かな美術空間を体感して欲しいと思う。

2015年10月22日訪問

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