雨上がりのバレンタインデー、ドラマチックな何かが起こりそうな午後2時。名古屋・丸の内の損保ジャパン日本興亜人形劇場ひまわりホールでは、「P新人賞」の最終選考上演会が開催された。

 P新人賞という個性的なこのネーミングは、人形劇(Puppet theater)のPと、パフォーマンス(Performance)のP、両方の意味合いを掛け合わせているのだそうだ。「P新人賞」が対象とする人形劇の範囲はかなり広い。「P新人賞2015」実行委員長の木村繁さん曰く、人形劇という言葉から想起される子ども向けの人形劇のイメージを超えた作品、すなわち人形やオブジェクトを用いた新しい表現形態を期待している、とのこと。その期待に応えるように、今回も創造性にあふれた3作品が上演された。
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 会場であるひまわりホールは、損保ジャパン日本興亜が安田火災の名であったころにつくられた人形劇専用ホール。この日は96席の客席が、桟敷席までびっしりと埋まり、期待に満ちた観客の眼差しが開演を待つ舞台やパンフレットに注がれている。親子連れ、演劇関係者から、新聞で最終選考会を知ったという方まで、実にさまざまな層が集まっており、客席にも昂揚感が満ちているようだ。
 応募作品の総数は5作で、残念ながら例年に比べて少なかったそうだが、その中から一次選考を経て、選考委員による助言・指導を受けて磨き上げられた3作品が、いよいよ上演される。

 トップバッターは人形劇団サバラン(石川県)「忘れっぽい天使」。金沢美術工芸大学の在校生・卒業生による団体だ。美術系大学生ならではの美意識を持った人形の完成度の高さと、若者らしい等身大の物語は、劇団としてのこれからの成長を予感させてくれる。登場人物の配役には人形と人間が入り乱れ、中心人物の少女を人形が、その姉と称する女性を人間の役者が演じている。まさに「人形劇のイメージを一歩飛び出す」作品。

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人形劇団サバラン(石川県)「忘れっぽい天使」

 上演の合間には舞台転換を兼ねた短い休憩が挟まれるのだが、実はここも上演会の見どころの一つ。司会者による出演者へのインタビューが、緞帳前で行われるのだ。劇団の成り立ちや、作品創作の方法など、各劇団の個性が本人の言葉を通して伝えられるのも嬉しいところである。

 舞台上の準備が整うと、二作目の人形劇団くりきんとん(大阪府)「モーリーの見つけもの」の上演が始まる。“おせち料理のなかでもキラッと目立つ栗きんとんのように、輝く存在を目指して”名づけられた、というネーミングセンス。さすが大阪の人形劇団、と舌を巻く。こちらは黒いフレームに囲まれた人形劇らしい舞台セットだが、すべてのセリフ・音楽・歌を一人が行う、という驚異的な技法。人形は複数名で動かし、話の運びは一人が担う、というのはまるで現代版の人形浄瑠璃のようでもある。

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人形劇団くりきんとん(大阪府)「モーリーの見つけもの」

 二作を見た時点で、良い意味で両作の違いが浮き上がる構造になった。さて、三作目、どうなるか?
 先ほどと同様、転換のためのインタビューと休憩を挟んでラストの人形劇団望ノ社の上演が始まる。人形劇団望ノ社(栃木県)「DEBRIS」は、イギリスで出会った二人によるユニット。カナダと栃木を拠点とし、全世界で上演している。
 コンセプトづくりに数か月、制作に一ヵ月を要したという数十枚の影絵が、東日本大震災による津波で、漂流することになったイシダイやバスケットボール、オートバイがカナダに流れ着くまでを淡々と描いていく。震災前の暮らしを回想したかと思えば、死神に襲われそうになるなど、展開がダイナミックで飽きさせない。まさに、3作品連続上演のラストを見事に締めくくった作品となった。

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人形劇団望ノ社(栃木県)「DEBRIS」

 さて、上演のあとにまず行われるのが「P新人賞観客賞」の決定。実は、来場者にはこの劇場に入る前に白いボールが手渡されている。その清き一球を、「ここぞ」と思う劇団の箱に投じていくのだ。思い思いに球を投じる観客の姿と、固唾をのんで投票の様を見守る出演者の姿…。劇的なまでの対比のなかで徐々に会場の緊張感が高まっていく。
 投票の後に結果は“玉入れ”形式ですぐに開票され、見事人形劇団くりきんとんが観客賞に輝いた。商品はきしめんなど名古屋名物4,000円分!

 そして、いよいよ「P新人賞」の選考が始まる。
 舞台上に居並ぶのは、演劇評論家の安住恭子さん、世界ウニマ(国際人形劇連盟)評議員所属の杉田信博さん、人形演劇企画室β代表の玉木暢子さん、愛知人形劇センター副会長の高橋一元さん、4名の選考委員と、実行委員長でもあり、司会を務める木村繁さん。選考委員は、それぞれ50点の持ち点を3劇団に振り分け、その総合得点を競うかたちである。
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選考の様子

 まずは各作品の講評が行われる。手塩にかけて育ててきた作品を評されるのは嬉しくもあり、辛くもある時間だが、3組の出演者の皆さんが、真摯に耳を傾け、時折うなずいたりメモを取ったりしているのが印象的だった。

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ホワイトボードに得点が記入され、総合得点で「P新人賞」を決定

 結果、「P新人賞」は4名の選考委員のうち3名が最高得点をつけた人形劇団望ノ社の頭上に輝いた。社会的なテーマに取り組んだこともさることながら、繊細で美しく、時にダイナミックな造形物、色・動きについて問い直すような切り絵という表現形態が評価の要因であった。「P新人賞」を受賞した人形劇団望ノ社には、賞状と20万円の賞金、そして来年の新作上演の機会が授与される。

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表彰の様子

 すべての審査を終えたひまわりホールのロビーで、木村さんと損保ジャパン日本興亜の社員で、ひまわりホールを担当する中さんにお話を伺った。
 「1988年に愛知で開催された『世界人形劇フェスティバル』の盛況が、ひまわりホールの誕生につながりました。『世の中にはこんなに多種多様な人形劇があるのか』という衝撃が原動力となり、『よし、この社屋に人形劇の専門劇場を』という発起に繋がったんです」。
 数度の会社の統合の中でもひまわりホールは残りつづけてきた。いつの時代も社員にとってひまわりホールが大きな存在であった、という訳ではない、と中さんはいうが、今では「せっかくこんな希有なホールがあるのだから、その価値を見直し、文化支援していきたい、という動きも社内で出てきた」そうだ。
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「P新人賞2015」実行委員長・木村繁さん(右)、損保ジャパン日本興亜人形劇場ひまわりホール担当・中康彦さん(左)

 一方、人形劇の方も新しい局面を求めて変わりつづけてきた。「プロの人形劇団だけではなく、地域で活動しているアマチュアの方もたくさんいます。長野の飯田市では全国規模の人形劇フェスティバルも開かれています。けれど、コンクールやコンペティションのような競い合いの場はほとんどない。だからこそ、そこを打ち破ろうとする取り組みを、人形劇の盛んなここ(愛知)でやりたかった」と、木村さん。
ひまわりホールがここにあり続けることが、決して平坦な道ではなかったように、2人も敢えて厳しい道に挑戦しつづけている。
 ホール誕生から27年。今や“人形劇場のある社屋”は、損保ジャパン日本興亜の社員にとって自然なこととして受け容れられている。もちろん、まだまだ伸びしろもある。志ある人々に支えられ、常に新しい試みに向かう人形劇とひまわりホールの未来は、いつも光の方を向いている。

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2016年2月14日訪問
 

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