写真提供:上原美術館
2017年11月にリニューアルし、上原近代美術館と上原仏教美術館が一つになった上原美術館。写真、右側が「仏教館」、左側が「近代館」。
 
伊豆・下田に位置する上原美術館。大正製薬株式会社名誉会長を務めた故・上原正吉、小枝夫妻の美術品が寄贈され、1983年に開館した上原仏教美術館がそのはじまりだ。のちに、大正製薬株式会社名誉会長・上原昭二氏のコレクション寄贈により、上原近代美術館が開館。さらに2017年にふたつの美術館が一つになり、仏教美術と近代絵画の出会いから生まれる新たな文化価値を発信していく「上原美術館」となった。
 
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纏うような光のなかで仏像と出会う「仏教館」
 
エントランスのドアが左右にあくと、お堂のような広いスペースが目の前に開け、たくさんの仏像が迎えてくれた。
 
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写真提供:上原美術館 
多種多様な姿の仏像が並ぶ仏像ギャラリー。
高い位置にある窓からは自然光が差し込む。
 
 
「仏像ギャラリーでは、明治以降に作られた木彫の仏像群を展示。仏教のなかで様々な役割を担う、多彩な姿の120体もの仏像に出会うことができる空間となっています。仏像は彫刻作品であると同時に、信仰対象でもあります。そこでこの部屋では、ショールームのディスプレイを思わせる強い光を仏像に当てるのではなく、自然光を生かしながら柔らかい光が仏像を包み込むような優しい鑑賞環境を作り上げました。」と主任学芸員の田島 整さん。
 
順路を進むにつれ徐々に照度を落とし、奥の展示室へと導く。
 
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仏像ギャラリーを抜けると、龕(がん)*が現れる。
掛け軸の「喫茶去(きっさこ)は、「お茶を一杯いかがですか」の意で、禅宗では相手を迎えることば。
*龕とは、仏像を収める壁の凹みのこと。仏教美術を飾り、祈るためのスペース。
 
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写真提供:上原美術館
奥へと続く回廊の先にあるホワイエ。天窓からやわらかな光が差し込むような照明が神秘的。
「仏様が天から降り注ぐ光を浴びているかのようです
」(田島さん)。
 
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写真提供:上原美術館
 
仏教館では、奈良時代・平安時代の古写経も所蔵している。奈良時代の古写経は当時の年号から天平写経と呼ばれるが、今から1300年近く前の貴重な文化財。一点一画もおろそかにしない謹厳実直な書体は、各年代を通じて写経の最高傑作とされている。中でも紫に染めた紙に金で文字を書いた紫紙金字華厳経断簡は、聖武天皇が奈良の大仏に奉納されたとされる名品。

 
 
伊豆の文化振興の一翼を担う
 
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写真提供:上原美術館 
この十一面観世音菩薩立像は、10世紀はじめにつくられたと考えられている。
 
 
奥の展示室では、十一面観世音菩薩立像、大日如来像、阿弥陀如来立像など上原コレクションの名品が迎えてくれる。仏像の目線が観るひとの目線より少し高くなるように展示されているせいか、仏様と静かに向き合うような心持ちになる。
 
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写真提供:上原美術館 
新しく完成した仏教館展示室。お堂のなかにあるようなおごそかな光を纏っているのは、
平安時代や鎌倉時代の仏像。奥の3体は企画展として展示されている、地元伊豆の古い仏像。
 
 
「上原美術館は、伊豆地域の文化振興の一助となるべく、伊豆の寺院やお堂に伝わる仏像や仏画などの仏教美術の調査を続けてきました。このような活動の中で、多くの貴重な文化財が見出され、静岡県指定文化財2件を含む十数件が地域の文化財指定を受けました。また、調査の成果を企画展や調査報告書の刊行、講演活動などの形で発信、忘れられた地域の文化遺産の掘り起こしを行うとともに、文化財保護意識の啓発に努めています」(田島さん)
 
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主任学芸員・田島 整さん
 
 
個人の邸宅を訪ねたような心地よさ
 
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写真提供:上原美術館 
近代館の展示室。柔らかな光が部屋全体を優しく包み込む。
「知人の家に招かれたときに感じるようなホスピタリティーを大切にしていますと主任学芸員・土森智典さん。
 
 
仏教館から隣の近代館へ。モネやルノワールなどの印象派、マティスやピカソなどの近代絵画や日本画、彫刻など、上原昭二氏の300点ものコレクションを収蔵。季節ごとに年に3〜4回展示を入れ替え展覧会を開催している。
 
「もともと個人のコレクターが集めた絵画なので、その眼差しを大切したいと考えています」(土森さん)
 
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美術館のある宇土金地区に伝わる阿弥陀如来坐像。壁には、たびたび下田を描いた画家・牛島憲之の「雨明かる」。
絵の隣は下田出身の陶芸家・土屋典康の「黒磁窯変輪花鉢
」。
地元の仏教美術と近代絵画が分野も時代も超えて同じ空間に並び、不思議な一体感を生みだしている。
 
 
「リニューアルを機に仏教美術と近代絵画をあまり区別せずに展示できるようになりました。美術館はジャンルにとらわれがちだと思いますが、ここでは個人の邸宅のようにジャンルを超えて美しいもの優しく心に響くものを飾っているイメージです」(土森さん)
 
 
芸術の価値と魅力を“伝える“
 
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アンドレ・ドラン「裸婦」(1929年)
上原昭二氏がはじめて購入した油彩画。
「素朴で優しい印象の
絵ですが、このトーンがコレクション全体につながっていると思います」と土森さん。
 
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写真提供:上原美術館 
フィンセント・ファン・ゴッホ「鎌で刈る人(ミレーによる)」(1880年頃)
ゴッホが27歳で絵を描きはじめた頃のデッサン。農民の働く姿はゴッホにとって生涯大切なテーマであり、ミレーの版画「野良仕事」シリーズを多数模写した。唯一残っている最初期の模写がこのデッサン。
 
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写真提供:上原美術館 
アンリ・ルソー「両親」(1909年頃)
画家が自らの両親を描いた絵。「宗教画のような神々しさもありますが、身近な親しみもわいてくるような小品です」と土森さん。この絵は画家・藤田嗣治が所蔵し、自分の父親の写真と並べて飾っていたという。
上原昭二氏が米寿のときに、両親ゆかりの地にあるこの美術館に寄贈した。
 
 
美術館では、展覧会ごとに学芸員が作品解説を行ったり、研究者や専門家を招いて講演会を行ったりするなど、広く芸術の価値と魅力を伝えている。仏像彫刻や写経、デッサン、水彩画、日本画の教室も開催し、伊豆半島のほか県外からも参加者が集まると言う。
「中学生の頃に教室に通っていた生徒が、この春美術大学に合格したそうです。若い世代に美術と親しんでもらえるのはとても嬉しいです。小学校で出張をしたり、中学生が修学旅行前の事前学習に仏教館を訪ねてくれることも。リニューアルを機に、教育と地域文化貢献にさらにも力を入れたいと思っています」
 
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主任学芸員・土森智典さん
 
 
*取材を終えて*
まず、学芸員さんの解説がとても興味深いです。リニューアルの際のコンセプトは“あたたかなホスピタリティー”とのこと。そのことば通りに、館内のしつらえは細部まで行き届き、考え抜かれた照明技術は美術品にも空間にも、とても心地のよい光を注いでいました。あらためて、鑑賞するという行為は五感で行うのだと実感。大きな美術館では味わえないくつろいだ時間をすごせました。また、訪れてみたいです。
 
 
◎訪問日:2018年2月23日(金)
◎訪問地:上原美術館 [静岡県下田市宇土金341]
 
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