メセナアワード2025贈呈式

2025年11月26日(水)、「メセナアワード2025」贈呈式をスパイラルホール(東京)にて開催しました。贈呈式では、各受賞活動の紹介に続き、企業メセナ協議会より「メセナ大賞」(1件)および「優秀賞」(5件)の受賞企業へ表彰状とトロフィーを贈呈。受賞企業の代表者はそれぞれ受賞の喜びをスピーチされ、選考委員からは選考評が述べられました。当日はYouTubeでライブ配信も行い、芸術文化支援に携わる全国の企業・団体の方々にご覧いただきました。
(アーカイブ動画:https://www.youtube.com/live/BmeAkjhWLIM)
メセナアワード2025贈呈式 受賞者スピーチ
エイベックス・クリエイター・エージェンシー株式会社 代表取締役社長 加藤信介 様
メセナ大賞:MEET YOUR ART


「メセナアワード2025」の大賞という本当に大きな賞をいただきまして、誠にありがとうございます。関係者の皆さま、選考に関わった皆さまに心から御礼を申し上げたいと思います。
御礼を申し上げるにあたり、重要なポイントとして2つあると思っています。一つは当社の母体はエイベックスという会社ですが、我々は5年くらいのまだスタートアップといいますか、まだ始まったばかりの事業でございます。もう一つは、ストレートにいうと、私たちはこれを事業としてやっているということです。もちろん、メセナの精神性に想いやつくり上げたい価値を重ねながらですが、事業でやっていることが前提にあります。やはり事業として持続可能にならなければ、社会や文化に価値を残せないと思っていて、私たちはそこに強い誇りを持っています。その前提があるので、先ほどの選考委員の皆さまのお話を聞くにつけ、我々が思っていることを、ある意味メセナの新しいかたちであると思っていただきこの場を与えていただいたことは、私たちにとって自信となり力になります。心から感謝申し上げたいと思います。
「MEET YOUR ART」は2020年12月に始めたので、まもなく5 年になります。メディアから立ち上げ、そこからフェスティバルを実施し、色々なプロジェクトを複合的に展開しながら比較的ダイナミックに推進していきました。ただ事業構造として、まだまだ安定しているとは言い難い状況でもあります。これまでは、私たちがやっている事業がどれだけ価値があるのか、どれだけ社会的に価値をもたらせているのか、私たちの存在が大きくなればどのくらいのインパクトがあるのかということを自分たちで語っていた時期だったと思います。一方で自分たちの中で信じてやり続けることによって、先ほど永山委員のお話でもありましたが、だんだん周りを巻き込んで協力してくれる人たちも増えてきています。その流れの中で、2025年のこの時期に「メセナ大賞」をいただいたことは、私たちの事業の今後のドライブにおいて、とても勇気づけられ武器になると思っています。
ですので、私たちはメセナアワードで大賞をいただいたことに、しっかり責任を持つべきだと考えます。我々は、事業を通してメセナ活動をする、社会や文化に貢献する大きなインパクトを創出するロールモデルにしっかりとなりたいと思っています。ロールモデルとなることで、我々がある意味ベンチマークとして、このような事業をやりたいというプレイヤーが今後出てくるかもしれません。新しいメセナのかたちとして、「メセナアワードで、MEET YOUR ARTのように表彰されたい」という人たちが出てくるならば、私たちが今ここにいる意義があると思っています。もちろん私たちの事業としては、まだ通過点ですが、とても大きな通過点で、とても大きな賞をいただけたと思っており、この賞を自分たちの力にしながら、今後も事業を紡いでいければと思っています。皆さま、今後ともご支援とご協力をよろしくお願いします。本当にありがとうございました。
公益財団法人伊藤忠記念財団 常務理事・事務局長 上床憲司 様
優秀賞:すべての子どもたちに読書の喜びを


このたびはこのようなすばらしい賞をいただき、本当に光栄に存じております。50年間の活動を評価していただき、誠にありがとうございます。財団を代表して、お礼の言葉を述べさせていただきます。
今回の受賞においては、50年前にこの活動を始めた当時の伊藤忠商事の経営陣、また事業を継続してきた伊藤忠記念財団の諸先輩方、そして現在の職員全員の活動のどれが欠けてもこの受賞ができなかったと思っており、全てに感謝しております。私はこの10月に常務理事に就任したばかりですが、すでにいくつかの団体を訪問させていただきました。現場を見て、その団体の皆さまと直接話をして本当のニーズを聞かせていただき、こちらからお伝えできる情報を共有し、さらにできることはないかと考えることの大切さを実感しています。また手前味噌で恐縮ですが、財団職員の皆が、各地の団体の方々、図書館や出版社など関係者の皆さまと大変コミュニケーションよく、信頼されているその姿を見て、喜びとともに今後のさらなる可能性を信じています。
全国各地にいらっしゃる団体の方々に直接お会いすることは、かなりの時間や労力がかかっています。その活動が、団体の方々にも、未来のある子どもたちのためにも意味のあることだと理解していただいて、今回表彰いただいたと感じており、とてもやりがいを持っております。2つの事業は、「すべての子どもたちに読書の楽しみを贈るために」という精神に加え、伊藤忠ならではの「現場の本当のニーズに合わせて支援のかたちを変えていく」という視点で世の中の子どもたちにできることを遂行してきたことを評価いただいた、と理解しています。また、学校の先生、図書館関係者など、読書に関わる方々や子どもたちを支援されている方々が困っていること、その解決の事例などの知識や気持ちを共有できるようなサポートも続けていきたいと考えています。
今回の受賞を励みに、ただしゴールとはせずに、先輩方から受け継いだ活動を継続し、できる限り多くの子どもたちの成長のために当団体も成長し、さらなる貢献に向けて職員皆でまい進したいと思います。本当にありがとうございました。
中村ブレイス株式会社 代表取締役 中村宣郎 様
優秀賞:石見銀山における古民家再生活動


本日はこのような栄誉ある賞をいただきまして、誠にありがとうございます。
実は15年前も当社はメセナ大賞をいただいており、今年、優秀賞をいただいたという形になります。15年前の贈呈式では、当時の社長で現在は会長である中村俊郎がこの壇上に立って皆さまにご挨拶をさせていただきました。私は、観客の1人としてスピーチを聞いておりました。当時、企業メセナ協議会の会長だった福原義春氏から、会長の中村俊郎がトロフィーをいただき、その後にスピーチをさせていただいたことを昨日のことのように思い出されます。手前味噌ですが、その内容がよいスピーチで、「いいことを言うな」と思った記憶があります。15年間で代替わりもしましたが、このたび中村ブレイスが15年ぶりにメセナアワードで優秀賞をいただいたことは、我々がやってきたことが間違っていなかった、大賞受賞からの15年を皆さまに再度評価していただいた、ということであり、そのことを本当にうれしく思います。再評価していただいたことが、次の10年、15年、20年と今度は次の若い世代につなげていければと思っております。弊社は、患者さんを一つひとつものづくりで支える、という仕事をしております。 現会長が、50年前に石見銀山の過疎化した町を何とかしたいと思ったことからスタートしたのが、この古民家再生活動になります。この活動は会長の夢そのものでした。本人はこのたびの受賞も本当に喜んでおります。それを実現させてくれた、ものづくりに日々コツコツと励んでくれている社員に、まずもって感謝したいと思います。そして、それを支えてくださっている大森町の町民の皆さまや、Iターン・Uターンで石見銀山に住みたいと思ってくださる方がたくさん集ってきてくださっていることにも感謝したいと思います。そういったことがあったからこそ、一桁だった幼稚園・小学校の児童の数がこの1、20年間で、36名まで増えました。全国的に珍しいことが石見銀山の地で本当に起こっているのです。その一端を担わせていただいたことをうれしく思いますし、夢を追いかけてきた会長の中村俊郎についてきてくださった皆さまに改めてお礼を申し上げたいと思います。
最後にもう一言よろしいでしょうか。一言、会長に。「会長やりました。メセナアワード15年ぶりに優秀賞をいただきました。また夢が一つ叶いましたね。おめでとうございます」本日はありがとうございました。
富士フイルムホールディングス株式会社 取締役会長・取締役会議長 助野健児 様
優秀賞:写真文化を守り育て、写真の持つ力を発信する「フジフイルムスクエア」の活動


このたびは弊社の「フジフイルム スクエア」の活動に対し、メセナアワード2025優秀賞という大変名誉ある賞を賜りまして誠にありがとうございます。会社を代表し、厚く御礼を申し上げます。
富士フイルム株式会社は昨年創業90周年を迎えました。創業した1934年当時、写真フィルム、映画用フィルムは、海外から輸入されており、非常に高価なもので、世の中に写真が普及することがとても難しい時代でした。そのような中、写真フィルム・映画用フィルムの国産化を目指して、富士フイルムは創業いたしました。
創業以来、我々は写真のすばらしさやその価値を普及させること、および芸術作品でもあるプロの写真家によって撮影された写真作品を後世へ残すことに邁進してまいりました。ところが2000年頃から、デジタルカメラの普及により、写真フィルムの需要が大きく減っていきました。我々富士フイルムは、本業を喪失する危機に直面し、写真フィルムを中心とした会社から他の事業への転換を余儀なくされました。しかし 我々富士フイルムは写真文化を後世に伝える、写真の良さを伝えていくことは必要だということを確信しており、現在も経営課題の一つとして、写真文化の伝承に努めています。 皆さまのお宅にも、写真アルバムがあることと思います。お父さんやお母さん、あるいはおじいさんやおばあさんが撮られた写真が、皆さまのためにきちんとアルバムに整理されて手元に置かれていると思います。これは、何物にも代えがたい宝物だと私は思っています。そのアルバムを広げると、一枚いちまい写真を撮った時の光景が蘇ってくるのではないでしょうか。写真を見ると、「こっちを見て」「笑って」「はいこっちよ」などという声が聞こえてくるような気がしますよね。また、今は会えなくなった方も、アルバムを開くと微笑んでくださっている姿が残っていて、また会うことができます。これがまさに写真の持つ力なのです。この写真の力、良さというものを我々は自分たちの子ども・孫、さらにその先の世代にも伝えていきたいと心から願っています。今はスマートフォンが普及し写真を撮る機会は非常に増えていますが、撮った写真はデータでしか残っていないことが多く、もったいないと思います。きちんとプリントにしてアルバムにする、あるいは額に入れて飾るということをぜひやっていただきたい。これも写真文化の良さを生かすことになります。ある調査によると、写真を見ながらお子さんと会話をしたり、写真を額に入れて飾っている家で育ったお子さんは心が豊かになる、情操教育にもよいというデータが出ていると聞きます。
フジフイルム スクエアは2007年の開設以来、写真家の先生方の作品展などを中心に1,800回を超える企画を実施してまいりました。来場者も延べ850万人を超えております。私ども富士フイルムは、今回、この名誉ある賞をいただいたことを励みに、写真を中心とした芸術・文化活動を通じて世の中に豊かな心を持つ人たちを増やしていきたい、と思っております。本日は誠にありがとうございました。
株式会社ブリヂストン 代表執行役 BRIDGESTONE EAST CEO 田村亘之 様
優秀賞:ブリヂストン吹奏楽団久留米

このたびは、栄えある賞をいただきましたこと、約12万人の社員を代表いたしまして、御礼申し上げます。誠にありがとうございました。ブリヂストンでは、創業者が社是として制定した「最高の品質で社会に貢献」を不変の使命として掲げております。私たちはさまざまな社会貢献活動を行っており、設立70周年を迎えたブリヂストン吹奏楽団久留米もその一つですが、すべての活動のバックグラウンドにこの使命があります。人の生命を乗せるタイヤをはじめ、さまざまな製品を社会に送り出すため、社員全員がこの使命のもと仕事に取り組んでおります。
また、創業者の思いを引継ぎ、「短期的な利益を追求する会社は永続的に発展できない。いかに社会のお役に立ったか。その見返りが利益なのだ」ということを考えながら、私たちは仕事に取り組んでおります。ブリヂストン吹奏楽団久留米の活動では、会社が練習の場を提供し、団員は最高の品質の製品をつくることに加え、最高の音楽をどうやってつくるかということを考え、一生懸命頑張っています。さらに大切なことは、団員を支える仲間がいるということです。団員が勤務するタイヤ工場は24 時間体制で稼働しているため、団員の遠征時には残った社員が支えてくれています。また、この活動は、日本国内の拠点が少しずつ資金を出し合うことで、支えられています。非常に地味なやり方かもしれませんが、そこには「どうやったら社会の役に立てるか」をみんなで考える熱い想いがあります。この吹奏楽団の活動には、そうした想いが込められているのです。団員・周りの社員・会社が一つとなり、70年間活動を継続し、全日本吹奏楽コンクールでは39回も金賞をいただきました。 このような想いの込もった活動が、メセナアワード優秀賞というすばらしい賞をいただきましたこと、本当にうれしく思っております。
私たちは、「最高の品質で社会に貢献」という使命のもと、これからも文化芸術活動を通じて皆さまのお役に立ち、人の心を豊かにし、心を動かすような活動に貢献するよう頑張ってまいります。本日は、この賞をいただきまして本当に嬉しい限りでございます。誠にありがとうございました。
株式会社モデュレックス 代表取締役 兼 社長執行役員 曄道悟朗 様
優秀賞:東京女子管弦楽団への活動支援

このような賞をいただけるというつもりではやっていなかった活動ですので、大きくご評価いただいたことを大変嬉しく思います。私たちモデュレックスは、社員270人程度の小さな会社ですが、多くの職能の人たちがいます。デザイン集団や、広報の部門、財務経理の部門など、さまざまな人がいます。今回受賞した活動は、当社が資金を出すよりも大きな支援として、人を出していることだと思っています。デザインができる人がデザインをする、紙のグラフィックができる人がチラシをつくる、それから、営業の人たちが色々な人たちにご案内してフィードバックを取る。こういった、会社ならば普通に行われていることが、特段個人事業主が多い音楽家の世界の中では、組織の皆で戦おうということが中々できない状況と思います。当社ではたくさんの社員が、「やりなさい」ではなく「一緒にやろうよ」というスタンスで、皆で力を貸しながら活動を進めています。そういう意味では、ハンズオン型といっていますが、資金は一つのかたちであり、もっと人を出すことで活動を協働しています。そして音楽家を育てようと思ったら、お金を出してホールを借りてよい指揮者を呼んできて機会を与えたらよい演奏をするかというと、そんなことはないのです。 皆の想いが伝わって、「よし、今回の演奏会はしっかりやろう」という気になってもらう。そういった熱意も必要だと思っています。
事業のあり方として経済の価値をつくるということがあるとすれば、一方で私たちはこの活動を通じて、社会の価値もつくっていくということを、コネクト、つまり分離せず一体となって活動を営んでいる、ということと思っています。今回の受賞に際して、このような小さな会社でも一つの芸術支援のモデルなのではないかと思う次第です。
今日は東京女子管弦楽団から、理事長を務めていただいている永井美奈子さんにもお越しいただき、事務局長の佐藤さん、それから多くの皆さんに駆けつけていただいています。企業と活動団体が「一緒にやっています」という非常に強い関係性が表れていると思い、この受賞はチームに勇気をいただいた、と思っております。誠にありがとうございます。背中を押していただきました。今後ともよろしくお願いいたします。
選考評
委員長 仲町啓子 氏
受賞者の皆さま、おめでとうございます。
選考活動に携わった6年間、芸術文化の向上などを支援するさまざまな活動や携わった方々の熱意に触れたことは、実に刺激的でした。時代の変化とともに新たなメセナのかたちが生み出されてゆくことは必須でしょうが、むしろそれこそが社会の健全さを表すものともいえましょう。
かたちは変わろうとも、目先の利害を超えて未来を志向する切なる想いが、これからもメセナ活動の原動力であり続けることを心よりお祈り申し上げます。
改めて、本日は誠におめでとうございました。
なかまち・けいこ|実践女子大学名誉教授/秋田県立近代美術館特任館長
東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位修得退学。専門は日本近世美術史。主著に『光琳論』(中央公論美術出版、2020年、2021年度國華賞と徳川賞を受賞)や『江戸時代の女性画家』(中央公論美術出版、2021年)などがある。
佐倉 統 氏

本日は大賞・優秀賞を受賞された皆さま、誠におめでとうございました。
私は選考委員を6年間やっておりますが、今年度は、以前からずっと継続されてきた活動で何度目かの受賞という方もいらっしゃいますけれど、今まで全く受賞されたことのない企業、あるいは、今年度初めて応募された企業・団体の受賞が多かった、ということが特徴だと思っています。コロナの影響なのかどうなのかはよく分からないのですが、一言でいうと、メセナのあり方といいますか、イメージが少し変わってきたのではないのか、という印象を持っています。古典的なメセナのイメージでいうと、創業者の方が、事業でたくさん儲かってその人の趣味に合わせて色々な芸術作品を集めて、それを公開するために美術館をつくったりする、ということがあります。もちろんこれは大変素晴らしいことですが、得てしてその創業者が亡くなられると、活動がシュリンクしてしまったりして、サステナビリティがないのかな、というところもありました。そういう意味で、メセナの曲がり角のようなことを何年か前にいわれたこともあったかと思います。
ただ、今年度受賞された活動を見ていると、よい意味でのグレーな活動が多いという印象を抱きました。それは、このメセナ活動はこの企業の営利活動とどう違うのか?あるいは、この企業・団体の社員の福利厚生活動とどう違うのか?そういった線引きが難しいものが多かったのですが、考えてみると、創業者、あるいは個人の想いだけで始めるような活動ではなくて、しっかりと企業あるいは団体の活動の中に想いが組み込まれるかたちで、より公的な部分に対する活動をやっていらっしゃるという、そういう企業・団体が増えたのではないかという印象を持ちました。これは恐らく、今後メセナ活動がより活発になり、日本の社会・文化・芸術を支えていく時に不可欠な形態なのではないか、そういった潮流なのではないかと思っております。少し大げさにいうと、メセナの新しい息吹を感じた1年であり、私も大変勉強させていただきましたし、勇気づけられた選考過程でした。
受賞された皆さまにあらためてお祝いの言葉と御礼を申し上げたいと思います。おめでとうございました。そして、ありがとうございました。
さくら・おさむ|実践女子大学人間社会学部教授/理化学研究所革新知能統合研究センターチームリーダー
1960年東京生れ。京都大学大学院理学研究科博士課程修了、理学博士。いろいろな科学技術と社会の関係が研究テーマ。おもな対象はロボット・AI、脳神経科学、進化論など。主著『科学とはなにか』『現代思想としての環境問題』『進化論の挑戦』『進化論という考えかた』『科学の横道』。
永山祐子 氏

受賞者の皆さま、誠におめでとうございます。
私は今年初めて参加しましたので、評価の基準や、これまでの受賞活動などを勉強しながら選考をさせていただきました。さまざまな議論の中で、これがメセナ活動なのかなど、定義そのものをもう一度議論するような場面もありました。その中の論点の一つとして、事業性が入ってきた時に営利活動として見るのか、メセナ活動として見るのかというような議論がありました。結果的にある程度の事業性を持っていないと継続していくことができない、こんなによい活動が将来的に継続が難しくなってしまうということになると、一企業の負担をそこまで大きくするのではなく、その事業性というものを一つのエンジンとして捉えて、メセナ活動に営利の部分もあっていいのではないかというような議論になり、新しいメセナのかたちというものが見えてきたのかな、と思います。もう一つ印象的だったのは、50年、70年と長い期間継続してきた活動が昔受賞して、その後新しく展開していった中で、もう一度賞を取るという、活動の継続性に対しての評価という部分です。
私は、現在「グッドデザイン賞」の審査副委員長を3年ほどやらせていただいております。今回「メセナアワード」の選考をする時に、グッドデザイン賞の審査で議論されていることと少し共通した部分がありました。文化事業を推進していくことで社会が大きく変わり、どんどん日本が元気になっていくということがとても大切で、それは「巻き込み力」を持って始まったことが、「巻き込まれ力」を持った人たちによってどれだけ大きくなっていくか、ということに関わっています。今回大賞の「MEET YOUR ART」はメディアもあり、場所もあり、フェスもあるため、多くの人がそこに巻き込まれていく、その大きなうねりのようなものを感じて、これはやはりとても大事な力だと思いました。
今年のグッドデザイン賞では、被災地において30年間建築をつくってきた坂茂さんが大賞をとられたのですが、活動を継続し、それが発展していった先で素晴らしい活動に成熟している、という点がポイントでした。今回のメセナアワードでもそういった受賞活動も多かったと思います。継続していった先にさらに発展していくまちづくりの活動、本を届け続ける事業を拡大させている活動もありましたし、音楽を広めていく活動や写真文化を継続させる活動など、続けていくことで文化の底上げにつながっていると思いまして、分野は違うのですが、2つの賞に少し共通点を感じました。
これからの文化事業や日本を元気にしていくために大切なものに気づかされた選考であったと思います。あらためておめでとうございます。ありがとうございました。
ながやま・ゆうこ|建築家
1975年東京生まれ。1998年青木淳建築計画事務所。2002年永山祐子建築設計。主な仕事、「LOUIS VUITTON 大丸京都店」「ドバイ国際博覧会日本館」「JINS PARK 前橋」大阪・関西万博「ウーマンズ パビリオン」と「パナソニックグループパビリオン『ノモの国』」など。http://www.yukonagayama.co.jp/
八反田 弘 氏

メセナ大賞、そして優秀賞受賞の皆さま、おめでとうございます。
今回初めて選考委員を務めさせていただきました。自分の仕事のフィールドが音楽、それもクラシック系でやってきたものですから、その分野の目線がどうしても入ってしまったところがありますが、受賞されたご活動は大変すばらしかったと思います。
まず、「ブリヂストン吹奏楽団久留米」です。私はこれまで実演を聴いたことはなかったのですが、活動については耳にしておりました。このたびさまざまな資料を拝見し、70年間におよぶ活動の歴史を見ますと、本当にすばらしいの一言です。今日本では、音楽に限らずスポーツの分野でも中高生の活動が大変厳しい、ということは皆さまもご存知かと思います。少子化の問題も当然あるのですが、教員の働き方改革などもございまして、指導する先生方にも、かなり色々な負担があるということで、その活動自体が全国的に縮小傾向にあります。そうした中で、吹奏楽団の活動を、シフトでの業務をきちんとやりながら継続しているということがいかに大変かは、音楽のフィールドで仕事してきた人間として本当に頭が下がる思いです。
もう一つ、「東京女子管弦楽団への活動支援」に関してですが、モデュレックスという一企業がそうした団体を支援しているということが、本当にすばらしいと思いました。実は、つい3日ほど前に東京芸術劇場で、首都圏にある8つの音楽大学が参加した「音楽大学オーケストラ・フェスティバル」という公演がありました。その日は3つの音楽大学の管弦楽団が、一団体につき80~100名ほど舞台に出て演奏しました。音楽大学は今や、女性の割合が半数以上を占めているのが実態かと思います。そのうち、楽団のコンサートマスター、すなわちオーケストラのリーダーは、全員が女子学生でした。これは30年前では考えられないようなことだったと思います。海外の有名な楽団も、女性の割合が非常に増えてきていまして、そういう状況をずっと見てきますと、女性が演奏活動をするということが昔に比べてはるかにやり易くなっているというのは間違いないです。しかし実態としては、国内の楽団も女性進出が進んできてはいるのですが、結婚や子育てという状況になりますと、演奏活動をやめざるを得ない、あるいはソロでの演奏に切り替えざるを得ないという方が増えていきます。その方たちが本当に音楽に専念する、安心して活動できる環境はいまだ厳しい中で、モデュレックスさんがこの団体を支援しているということはまだ世の中には知られていないと思うのですが、大変大きな意義があり、敬意を抱くものであります。
個々の説明になってしまい恐縮ですが、これからもこうした活動が継続して広がっていくことを願っております。誠におめでとうございました。
はったんだ・ひろし|東京藝術大学名誉教授
サントリーホールでさまざまな公演の企画制作を担い、武満徹監修の国際作曲委嘱シリーズ、「ホール・オペラ」制作を手掛け、若手アーティストの発掘、育成プログラムの創設と制作を推進。2014年武蔵野音大演奏部長。’19~22年東京藝大演奏藝術センター教授及び副学長。現在、日本芸術文化振興会PO、東京佼成ウインドオーケストラ常務理事。
松尾卓哉 氏

受賞された企業・団体の皆さま、おめでとうございます。
3ヶ月にわたるこの賞の選考期間中、「芸術」についてすごく考えることになります。すると、セレンディピィティで、いろんなことに出会います。私の母は認知症で、私のことも、自分の名前も分からないほど病状が進行しています。最近は「私はナカムラヨウコだ」と知らない人の名を名乗るようになり、顔つきも変わりました。しかし、きれいな音楽を聴いたら笑顔になるのです。芸術というのは、人間の中にある子どもの部分、ピュアな部分を引き出す力があるのだと思います。今ここにいる我々大人は、どこかで子どもの自分に蓋をして、社会正義、同調圧力などのつまらない常識に縛られて生きているのですが、それが、芸術に触れた時にふっと子どものピュアな部分が出てきて、自分と違うものも受け入れられる、自分とは違う存在がおもしろい、すばらしいという気持ちになれます。つまり、今日受賞された企業・団体の皆さまは、大変生きにくい日本社会の中に子どもの心を引き出すチャンスをたくさん与えてくださっている有難い存在だと思います。
私は広告の企画・制作の仕事を生業にしており、先日、フランスへ撮影に行って驚いたことがありました。制作費を見た時に、「社会保障税」という今まで見たことがない項目があり、とても高い金額が請求されました。映像や音楽制作にかかわる演者、カメラマン、照明などの技術者を守り支援するために、フランスは国をあげて芸術文化の振興をすると宣言して、技術者を雇うと、一人ひとりに対して税金が掛かるようにしたのです。映画、ドラマ、テレビCMを制作する際に、結構な額の税金を徴収して、プールして、未来のアーティスト、芸術を支える未来の技術者を支援しているのです。
先程の受賞企業のプレゼンの中でも言及されていました。現在、音楽をつくったり、絵を描いたり、芸術活動だけを生業にしている人が減っていると。それは、芸術活動だけでは食べていけないという現実があるからだと。フランスで聞いたところによると、世界中で似たような状況だそうです。
では、どうすればよいのでしょうか?「メセナアワード」は、企業が自主的に芸術・文化活動を支援することを奨励し、表彰する賞です。しかし、このままの状況が続いたら、50年後、100年後は、この賞は誰を表彰するのか?という状況になるでしょう。
企業の自主的な支援活動だけでは、できることに限界があります。日本に新たなアーティストを生み出し、芸術・文化を残すためにも企業も声を上げて国を動かしていかなければならないのではないかとフランスの例を見て思いました。防衛費も大事、AIでもっと必要となる電気をつくるための税金も大事ですが、芸術・文化をつくる人間を残していかないと、日本はもっとつまらない、息苦しい国になると思います。
まつお・たくや|(株)17 クリエイティブディレクター/CMプランナー/コピーライター
東急リバブル、Yogibo、I H I、チョコザップ、ORECなど、「目立って、おもしろくて、モノが売れる広告」をつくるクリエイティブ集団「17(ジュウナナ)」代表。日本ネーミング協会理事、Forbes JAPANオフィシャルコラムニスト、 慶應義塾大学 特別招聘教授など。
山口 周 氏

メセナ大賞、および優秀賞を受賞された皆さま、本日は誠におめでとうございます。加えて、このたび応募されたすべての皆さまに、心より敬意を表します。
2025年という年は、戦後80年という節目の年にあたります。私たちはこの80年を「経済成長の時代」として記憶しています。しかし、終戦直後の日本が歩み出したときに掲げられていた理想は「経済で世界に貢献する日本」ではありませんでした。当時、国の指導者や文化人たちが語っていたのは「文化で世界に貢献する日本」という「文化立国のビジョン」だったのです。しかし、1960年代に高度経済成長が始まると、その「文化の理想」は、経済の成長という巨大な目的の陰に追いやられてしまいました。以降、日本は経済大国としての道を驀進し、世界第2の経済規模を誇るまでになりました。しかし90年代以降、その勢いは鈍り、長い停滞の時代を迎えました。そして今、来年にはインドにGDPで抜かれ、名目GDP世界5位へと順位を下げることが確実視されています。
そのような現実の中で、再び「経済大国のプライドを取り戻そう」という威勢のよい声も聞かれます。しかし、私たちは本当に、かつてのバブルのような、不健全な豊かさを取り戻すべきなのでしょうか?私はそうは思いません。これからの日本が目指すべきは、「経済的な豊かさの回復」ではなく、「文化的な豊かさの創造」だと思います。それは、誰かを追い抜くための成長ではなく、人と人とが分かち合い、共に味わい、誇りを感じられるような「豊かさ」です。そしてその文化的豊かさは、国家が上から与えるものではなく、市民一人ひとりの創意や行動、地域に根ざした営みから生まれるものです。今回、メセナ大賞に応募された皆さまの活動を拝見しながら、私はまさにそのことを確信いたしました。経済成長の時代がもたらした「量的な豊かさ」ではなく、文化を通じて人々の心に灯をともすような「質的な豊かさ」へと、日本社会が少しずつ舵を切り始めている──そのことに深く勇気づけられました。
皆さまの活動は、地域の人々が集い、語り合い、つながりを取り戻すための拠点となっています。それは、経済では測れない「意味のある豊かさ」を創り出す営みであり、まさに日本が再び「文化で世界に貢献する国」へと歩みを進める原動力となるでしょう。どうか今日の受賞をひとつの到達点ではなく、これからの文化の時代をかたちづくる出発点としていただきたいと思います。そして私たち選考委員も、皆さまの挑戦と歩みを、これからも心から応援してまいります。あらためて、本日は誠におめでとうございました。
やまぐち・しゅう|独立研究者、著作家、パブリックスピーカー
1970年東京生まれ。株式会社ライプニッツ代表。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ、コーン・フェリー等で企業戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後に独立。株式会社モバイルファクトリー社外取締役。著書に『人生の経営戦略』『クリティカル・ビジネス・パラダイム』『ビジネスの未来』『ニュータイプの時代』『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』『武器になる哲学』など。
トロフィー紹介
作家 藤沢 恵 氏

今回のトロフィーは「Cycling Moon」、月をテーマに、月が象徴する「発展」や「循環する」という意味合いを込めてつくらせていただきました。大賞は満ちた1つの活動として満月を、優秀賞はさらなる発展を内包したものとして上弦の月をテーマに制作しました。そして縁起がよいようにと、少しだけですが右肩上がりとなっています。
私は、「事象の汀渚」をテーマに制作しています。レイヤー(階層)的に常に変化する可能性を秘めた形状を目指しています。また、私の作品の特徴は多素材を使用することで、今回のトロフィーも真鍮、ステンレス、大理石、アクリルといった素材を使っています。ですが、多素材を使うということは、トライアンドエラーの繰り返しであり、非常に些細なところで問題が何度も発生します。今回初めてトロフィーを制作させていただきましたが、とても苦労しました。
この場をお借りして、このような挑戦する機会を与えていただき、企業メセナ協議会の皆さま、そしてスパイラルの皆さま、誠にありがとうございます。そして、このたび受賞された企業の皆さま、トロフィーのメンテナンスの際はいつでも呼んでください。作品を素敵だなと思っていただけましたら、ご連絡をいただければ何でもつくりますので、よろしくお願いいたします 。
ふじさわ・めぐみ
1985年岩手県生まれ。2010年東北芸術工科大学芸術文化専攻彫刻領域修了。真逆の性質を持つ石と金属を用いて、「事象の汀渚」をテーマに作品を発表している。近年は透明アクリル板を素材に加え、モニュメント制作を手掛ける。2022年UBEビエンナーレにて柳原義達賞受賞。その他受賞、入選多数。