日韓国交正常化60周年 日韓文化交流事業参加報告

吉本光宏(企業メセナ協議会 理事/文化コモンズ研究所 代表)

日韓国交正常化の60周年にあたる2025年、それを記念する文化交流について、日本ではあまり目立った動きがないように見受けられるが、韓国の公的文化機関によって日本で開催された二つの日韓交流事業に参加させていただいた。

韓日文化未来コンファレンス−文化芸術で地域をつなぐ

一つは、釜山文化財団の主催で開催された国際シンポジウム「韓日文化未来コンファレンス−文化芸術で地域をつなぐ」で、開催概要は次の通りである。

  • ◎日時:2025年9月26日(金)11:00〜21:00
  • ◎場所:代官山ヒルサイドテラス・ヒルサイドプラザ
  • ◎主催:釜山文化財団、韓国文化・スポーツ・観光省 ◎協力:BankART1929
  • ◎プログラム:
    • 11:00 開会式
    • 13:30 基調講演「芸術は地域をどのように変化させるか」北川フラム(瀬戸内国際芸術祭総合ディレクター)
    • セッション1 芸術、変化を植える時間:文化芸術活動による変化と持続性
    • 14:00 「社会的関与型アートの枠組みにおける、韓国と日本の文化的・芸術的実践と社会変革の推進力」ジョ・ジュンユン(釜山文化財団 文化市民本部長)
    • 14:30 「芸術が都市を動かすとき」野田邦弘(横浜市立大学大学院都市社会文化研究所 客員教授)・細淵太麻紀(BankART1929 代表)
    • セッション2 地域を繋ぐ芸術の言語:芸術を媒介に地域間、世代間、文化間関係を繋いだ事例
    • 15:30 「芸術文化を通じて築く信頼と国際平和」吉本光宏(文化コモンズ研究所 代表)
    • 16:00 「世界が記憶する平和と連帯」ハン・キョング(前ユネスコ韓国委員会 事務総長)・ホン・スンジェ/カン・ウォンチュン(国立海洋遺産研究所 学芸研究士)
    • 16:45 総合討論・質疑応答(登壇者全員)
    • 芸術家によるトークイベント 〈魂の行き来する道筋〉
    • 18:00 イ・ウンヘ(活動名:ロマン/視覚芸術家)/古川美佳(美術研究者)
    • レセプション(19:00〜21:00)

まず、北川フラムさんがご自身の韓国とのかかわりを皮切りに、アジアとの交流を含めた大地の芸術祭や瀬戸内国際芸術祭における実践について基調講演を行った。「芸術、変化を植える時間」をテーマにしたセッション1では、釜山文化財団のジョ・ジュンユンさんが、社会的関与型アート(Socially Engaged Arts)を切り口に、国際的な視点からみた文化政策の動向や文化芸術による平和と連帯について、釜山文化財団の取り組みも含め、文化芸術がこれからの社会変革を促す推進力になるべきだと力説された。ジョさんのパワーポイントは細部までつくり込まれ、関連情報も豊富で、そのまま日本の文化政策の参考資料になりそうな力作だった。

次いで、「芸術が都市を動かすとき」というテーマでは、まず野田邦弘さんが、ペリー提督の横浜上陸に遡って横浜市の都市形成史を振り返り、都市デザイン行政や実験的な文化イベントなどの成果、そして創造都市政策の取り組みを包括的に解説。次いで、細淵太麻紀さんが2004年から2025年まで横浜市と協働で展開した創造都市政策の実践として大きな成果を残し、またオルタナティブなアートセンターとして国際的にも注目されたBankART 1929の実績を振り返り、現在の活動状況や今後の展望を語ってくれた。

休憩を挟んでセッション2「地域を繋ぐ芸術の言語」では、まず、筆者が「芸術文化を通じて築く信頼と国際平和」をテーマに2部構成で話をさせていただいた。前半は、芸術文化が国際平和に果たす役割について、政治や経済から独立した国際交流が可能なこと、国家間以上に重要となりつつある都市間の相互交流に不可欠なこと、そして個人と個人の間に深い友情関係を育むことという3つのポイントから、その重要性を解説させてもらった。後半は新型コロナや国際紛争と向き合うWorld Cities Culture Forumでの経験に基づいて、キーウ市の文化局長から聞いたロシアのウクライナ侵攻における「文化前線」の話などをさせていただいた。

ちなみに前半は、2023年5月に釜山で開催された「国際文化フォーラム」で筆者が発表したことに、後半は文化コモンズ研究所のWebコラムに執筆した内容に基づいており、それぞれの詳細は以下からご覧いただくことが可能である。

吉本光宏「文化から平和を考える-釜山国際文化フォーラムに参加して」ニッセイ基礎研究所『研究院の眼』2023-05-25
吉本光宏「戦争、それは文化と言語を消し去る行為」文化コモンズ研究所『文化コモンズ通信』05号 2024.03.06

写真提供:釜山文化財団

その後、前ユネスコ韓国委員会 事務総長のハン・キョングさんは朝鮮通信使のユネスコ世界記録遺産としての価値と可能性について、国立海洋遺産研究所 学芸研究士であるホン・スンジェさんとカン・ウォンチュンさんは後述する朝鮮通信使船の再現と大阪入港について、それぞれ熱く語ってくださった。

最後に、登壇者全員で包括的なディスカッションを行った後、休憩を挟んで、韓国のアーティストのイ・ウンヘさんと日韓の文化交流の専門家である古川美佳さんのトークイベントが行われ、レセプションで日韓双方の関係者やシンポジウムの参加者による交流が行われた。

写真提供:釜山文化財団

なお、釜山文化財団のご好意で国際シンポジウムの配付資料(登壇者の発表資料をまとめたもの)
「韓日文化未来コンファレンス−文化芸術で地域をつなぐ」
を提供いただいたので、ご関心のある方は上記リンク先よりダウンロードいただきたい。

朝鮮通信使の精神を引き継ぐ韓日文化交流

実は、この国際シンポジウムは、今年、釜山文化財団が日韓国交正常化60周年を記念して実施した文化交流事業の最後を締めくくる催しとして実施されたものである。

まず今春には、韓国の国立海洋遺産研究所による「朝鮮通信使」の復元船が、4月28日に釜山を出航し、対馬を経由して瀬戸内海を航行、15日間の航海を経て5月11日に大阪南港に到着した。これは大阪・関西万博の韓国ナショナルデー(5月13日)にあわせて来港したもので、14日には大阪の市民団体などの協力で淀川を遡り、京都・伏見を目指すイベントも開催された。

朝鮮通信使は、江戸幕府の招へいによって朝鮮国から日本に派遣された数百名の文化使節団で、1607年から1811年までの間に12回にわたって、対馬や下関、瀬戸内の各地、大阪、京都、静岡などを経由して、東京(江戸)まで派遣された。朝鮮通信使が江戸時代に最後に大阪を訪れたのは11回目の1764年で、今回の大阪寄港はそれから261年ぶりのことだという。

朝鮮通信使が訪れた日韓の各地には、現在も当時の様子を物語る様々な資料や記録が残されており、2017年にはそれらがユネスコの世界記憶遺産に登録された。それを推進したのが、釜山文化財団と日本のNPO法人朝鮮通信使縁地連絡協議会(対馬市、瀬戸内市、京都市など朝鮮通信使とゆかりのある自治体によって設立)である。

朝鮮通信使の根底には、対馬藩の儒学者雨森芳洲(あめのもり・ほうしゅう、1668~1775年)の唱えた「誠信交隣」(互いに欺かず、争わず、真実をもって交わること)の精神が流れているといわれている。朝鮮通信使は、まさしく平和外交、文化交流の象徴的存在で、釜山文化財団は毎年5月に朝鮮通信使祭を開催し、その精神を引継いでいる。

復元船は、16日まで停泊した後、大阪南港を出港し5月27日に無事、釜山に帰港した。

さらに、7月19日、20日には、KAAT神奈川芸術劇場で舞踊劇『舞、朝鮮通信使 柳馬図を描く』の公演が行われた。これは、朝鮮通信使の旅路を描いた小説『ユマド』(原作:キム・ナムジュ)を韓国の伝統芸術で再解釈した舞踊劇で、韓国国立釜山国楽院の舞踊団による熱演が披露された。この舞台は2019年に同舞踊団の定期公演で初演されたもので、2023年5月の朝鮮通信使祭でも再演が行われていた。

日韓文化政策研究セミナー

もう一つ参加させていただいたのは、韓国文化観光研究院(The Korea Culture and Tourism Institute (KCTI))の企画で行われた「日韓文化政策研究セミナー」である。KCTIは韓国の国立の研究機関で、文化芸術政策や観光政策、コンテンツ産業、それらに関係する統計分析などを行っており、研究員など170名が所属する本格的なシンクタンクである。

今回のセミナーは、日本の文化政策研究者との交流を希望するKCTIのリクエストに、北海道教育大学准教授で日本文化政策学会理事長の閔鎭京さんが仲介役を務められ、日本文化政策学会理事との研究交流会(非公開)というかたちで実現したものである。

KCTIからはキム・セウォンさん(研究院委員長)、ヤン・ヘウォンさん(文化研究本部長)、イ・サンヨルさん(文化芸術政策研究室長)、ホワン・アラムさん(研究員)の4名が、日本からは閔さん、朝倉由希さん(公立小松大学准教授)、大澤寅雄さん(文化コモンズ研究所 代表・主任研究員)と筆者の4名が参加し、日韓双方から1名がそれぞれの国の最近の文化政策に関するトピックスを発表し、意見交換を行うかたちで実施された。

日本側からは、筆者が「日本の文化政策の現在地」と題し、2017年の文化芸術基本法改正以降の国の文化政策の動向について、文化経済戦略、障害者文化芸術活動推進法、文化観光推進法、文化財保護法や博物館法の一部改正、文化芸術活動基盤基金などを取り上げて解説したうえで、韓国側との意見交換の論点として「非営利(公益)の芸術活動を支える文化政策と文化産業を振興する文化政策」「芸術文化の本質的価値と社会的・経済的価値」「芸術の自律性と芸術の手段化」という3点を提示させてもらった。

写真提供:閔鎭京

韓国側からは、研究員のホワン・アラムさんが「韓国の地域文化政策の現状と展望」と題し、韓国の地方都市における人口減少の実態と、そのことに向き合う地域文化政策の取り組みを発表してくださった。韓国では急速な人口減少の進む地方都市について「地域消滅」という表現が使われるほど大きな課題となっており、そうした都市から24の文化都市を選定し、地域文化政策によって人口減少の改善、解決に取り組んでいる。

意見交換で明らかになったのは、日本と韓国は、人口減少や高齢化、地方都市の疲弊など共通する社会的な課題が少なくないこと、そして、日本側の参加者が現在の日本の文化政策について感じている課題意識と、韓国側の参加者が自国の文化政策について課題だと感じていることには、多くの共通点があることだった。

まず、日本では過疎地域で国際芸術祭が開催されて、結果的に地域の活性化につながることはあっても、人口減少に正面から取り組む文化政策は見当たらない、という説明に韓国側の参加者は一様に驚かれていた。また、日本の文化政策について、本質的価値より経済的価値が重視される傾向が強いという懸念を伝えたところ、韓国側も同じような状況で、研究院の皆さんもそれを課題だと感じている、ということだった。

国際的な比較において、韓国の国の文化予算が極めて潤沢であることは、昨今広く知られるようになり(*1)、そのことばかりが注目されるが、文化政策の実態について日韓の研究者が意見交換することは、両国の文化政策の今後を考えるうえでもとても大切だと感じた。

写真提供:閔鎭京

*   *   *

韓国と日本の間には不幸な歴史が横たわっている。私たちは日本人としてそのことに対する反省を忘れてはならない、と思う。しかしそれは20世紀に起きたことで、日韓の歴史を遡れば、6世紀に百済を通じて日本に仏教が伝来するなど、遥か昔から日本は朝鮮半島、韓国から入ってきた文化を起源に自らの文化を育んできた。釜山文化財団が重視する「朝鮮通信使」も含め、韓国との文化交流がなければ、現在の日本の文化が育まれることはなかった、とすらいえるのではないか。

日韓国交正常化60周年を記念して開催され、筆者が参加した二つの催しは、百年、千年を超える日韓交流の歴史の中では、ほんの一瞬のことかもしれない。しかしそうした一つひとつの文化交流を通して、日韓が文化から相互の信頼を築いていくことが極めて重要だということを再認識した。

*1:文化庁・早稲田大学「諸外国の文化政策等に関する調査・研究報告書(令和5年度文化庁と大学・研究機関等との共同研究事業)」(令和6年3月)によれば、日本の文化予算1,117億円に対し、韓国は4,957億円、国家予算に占める割合は日本が0.10%、韓国が1.21%、国民1人あたりの文化予算では、日本の899円に対して、韓国はその10倍以上の9,637円となっている。

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