メセナアワード2006 大賞受賞

現代美術で「よく生きる」ことを考える

福武總一郎 株式会社ベネッセコーポレーション 代表取締役会長/財団法人直島福武美術館財団 理事長

―メセナ大賞ご受賞おめでとうございます。直島の先進的な活動が高く評価されましたが、会長ご自身の印象深いエビソードからお聞かせいただけますか。

一番楽しかったのは、地中美術館[1]という構想にいたるまでのプロセスですね。きっかけは1998年、米国ボストン美術館でのモネの大作「睡蓮」との出会いです。その強烈な〈気)に触れ、購入を即断して以来、この印象派の大家の作品を、現代美術を扱う我々の活動にどう関連づけていくかを徹底的に考えたわけです。そして「宗教を超える概念をつくりたい」と思った。モネを中心に〈聖地〉をつくり、「ベネッセ(よく生きる)」とはどういうことかを考える場所にしたい、「モネの部屋」はそんな空間としてつくりました。人間のエゴや科学技術が先行しがちなこの社会で、モネの光や睡蓮を見ながら「自然の中で生かされる」ことを考えるための空間、それが現代の聖地です。
そこで安藤忠雄さん、ジェームズ・タレル、ウォルター・デ・マリアに「瀬戸内海にエルサレムやメッカに匹敵する聖地ができないか」と相談し、実現しました。既存の宗教を超える万人のための概念という、重要なテーマの集大成が地中美術館なんです。

   

―現代美術の役割や可能性を初めから見抜いていらしたのでしょうか。

そういうわけでもないですがね。父の遺志を継いで直島に子どもたちのためのキャンプ場をつくったのがきっかけで、何度も行き来しているうちに、この場所とのかかわりの中から現代美術の役割について考えるようになりました。何が大事か、どういう時代をつくるかを現代の人々は考えなさすぎる。しかし、現代美術はそれを考えていると思った。アーティストは、現代社会の抱える問題や課題や矛盾を作品に込める。そのメッセージを解釈するのは個人です。つまり、現代美術は作品を見ている人を主体化させる。個人の主体化は僕の昔からのテーマでもあり、つねに市民のサイドに立ってきました。すなわち、僕はアートをやってるんじゃない、地域や市民を元気にしたいんです。そのために現代美術をしのぐものはないというのが今の結論です。しかも作品を、日本の原風景の中に置くことに意味があります。現代の矛盾や課題を、矛盾や課題だらけの大都会に置いても埋没してしまうでしょう。日本の原風景のすばらしさの中で、近代化や技術革新の陰で現代社会が失ったものを感じ、地域の自信を取り戻してもらいたい。だから僕は直島でアートプロジェクトを行い、越後妻有[2]を応援しているんです。ああいうかたちで、現代美術で地域を励ましているのは、世界にこの2カ所しかないと思いますね。「地域を元気にすること」は企業の責任でもあります。生み出した〈富〉を文化の蓄積のために配分することを、日本の経営者はもっと考えなくてはいけない。ちっぽけな一市民、一経営者にできることはそういうことだと思います。「経済は文化の僕である」「あるものを生かして、他にはないものをつくる」というメッセージを直島から世界に発信したい。それも何百年も継続し、蓄積しなければいけません。だから20年やそこらで賞をもらうのはちょっと早いかなと…… (笑)。

―とんでもない(笑)。直島でのご活動に今後も期待しております。骨太なお話をありがとうございました。

[聞き手・荻原康子/取材執筆・高野香子]

※1 地中美術館…直島の南側にあり、自然と人間を考える場所として2004年に設立された美術館。直島福武美術財団が運営している。
※2 越後妻有…2000年に始まり、3年ごとに開催されている「台地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」。今年7月23日から9月10日まで、新潟県十日町市と津南町の760㎢におよぶ里山で実施された。

ふくたけ・そういちろう

1945年岡山県生まれ。
1969年早稲田大学理工学部卒業、日製産業入社。1973年福武書店入社後、東京支社長、専務取締役などを経て、1986年代表取締役社長に就任。1988年直島文化村構想を発表、1995年「よく生きる」を意味する造語「ベネッセ」を取りいれた「ベネッセコーボレーション」への社名変更など、「経済は文化の僕(しもべ)」との思いで文化事業に取り組んでいる。2003年より代表取締役会長。

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