福原義春名誉会長 追悼文

公益社団法人企業メセナ協議会(東京都港区芝 5-3-2、理事長:夏坂真澄)名誉会長 福原義春氏が、
2023 年 8 月 30 日(水)逝去されました。
当協議会では福原名誉会長を偲び、かかわりの深い協議会関係者より追悼文をお寄せいただきましたので掲載いたしました。

福原さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

福川伸次[企業メセナ協議会 理事](一般財団法人地球産業文化研究所 顧問)
出塚清治[企業メセナ協議会 監事](税理士法人出塚会計事務所 代表社員 公認会計士)
尾﨑元規[企業メセナ協議会 前理事長](花王株式会社 前取締役会会長)
夏坂真澄[企業メセナ協議会 理事長](花王株式会社 顧問)


産業と文化を進化させた福原義春氏
企業メセナ協議会 理事 福川伸次

企業メセナ協議会を設立し、33年半にわたりその運営と発展に貢献してこられた福原義春氏が2023年8月30日、逝去されました。謹んで哀悼の意を捧げます。

企業メセナ協議会の設立当時を振り返ってみると、「メセナ活動」という概念はどちらかといえばユニークな発想でありました。同氏は『メセナノート80号』(2014年3月15日発行)に「文化とは人間の営みであり、社会の根本となるものです。企業はメセナに取り組むことで単なる利益団体ではなく、社会機関であることが明確になります。」と、その意義を強調されておられます。

1980年代、福原氏は日仏文化サミットなどに参加され、文化交流への関心を深めておられました。そしてフランスの仏企業メセナ団体(ADMICAL)を参考にメセナ協議会の設立に踏み切られたのです。彼は、2010年10月第17回読売国際協力賞を受賞されましたが、同氏は「米英仏には企業が積極的に芸術文化を支える伝統があった。日本の企業だって本当は心を持ち、顔のある人間が商売している。その気概を示さねばと思った。」と当時の意欲を語っておられました。

私は、1980年代半ば、通商産業省(現在の経済産業省)産業政策局長時代、新しい産業政策のキーワードとして「国際性」、「技術性」に「文化性」を加えることを提唱し、日本が目指すべき産業特性として、「美感遊創」を指摘したことがありました。それが縁で私もメセナ協議会に参加することになったのです。

福原氏は「文化は次の創造力を生み出す経営資本」と主張しておられました。そして「文化とは国と国の間を水平交流し、対等な対話を可能にしてくれるもの」とも説いておられました。

平成の30年に、日本企業の活力は停滞し、1997年に17.9%あった日本のGNPは2022年に4.2%まで低下しました。「技術と芸術」、「産業と文化」は相互に刺激し合って経済社会を豊かにする活力につながる答を提供してくれるのです。メセナ活動は日本経済再生の有力なエンジンとなりうるものです。

私は、我々が日本の社会がもつ創知力を活かし、知性、感性、そして美性豊かな社会を導いていくことこそ福原氏の教えに応える途だと考えています。


名誉会長 福原義春さんのご逝去を悼む
公認会計士 出塚清治

謹んで、福原義春さんの逝去を悼み心からお悔やみ申し上げます。

福原義春さんが、1990年2月メセナ協議を設立されて32年になります。

私と福原義春さんとの出会いは、私が、「公益法人会計基準」(内閣府)の制定の専門委員に就任し、「基準」設定に携わったことからメセナ協議会も「その基準」に準拠すべきとしてメセナ協議会の設立から早い時期に、国立民族学博物館名誉教授出口正之氏(当時、公益認定等委員会の委員、企業メセナ協議会専務理事)が私を紹介していただいたことからです。

福原さんは温厚な人柄で快く、私を向かい入れていただき、メセナ協議会設立以後、今日までメセナ協議会の会計顧問をさせていただいています。

福原さんは、公益法人の制度設計を行っていた内閣府の公益法人認定等委員会の初代委員長に就任され、公益法人界にとりましては、民間主導による画期的な制度改革で、大変なご苦労をいただきました。

福原さんは、企業メセナ協議会(1990年に設立)を設立され初代理事長・会長、名誉会長を歴任されてから、長い間、メセナ活動を通して積極的に活動を行ってきました。メセナ活動は、企業の文化・芸術活動に貢献されてきましたが、この企業が行う文化・芸術活動を支えることは、企業の活動を活性化するという考え方をもっておられました。

また、公益法人協会において、「公益法人協会に課せられた役割」として、官主導の制度から民間による公益活動をすべきとする提言をしておられました。

最近、福原さんは、体調が芳しくないこと仄聞しておりましたが、お見舞いに出かける機会もなく、先日、新聞報道で亡くなられたことを知り、申し訳なく思っております。

振り返ってみれば、公益法人を取り巻く環境の変化を受けて今日にいたっていますが、公益法人に関する制度は、混迷の中にあります。今後、できる限りわかりやすい民が自立するために検討をすることが必要で、それが、福原さんの思いに沿うことになると考えています。少しでも身の丈にあった制度とする機会があればと願っています。

福原さん、本当にありがとうございました。深くご冥福をお祈り申し上げます。


企業メセナ協議会 名誉会長 福原義春氏のご逝去を悼んで
企業メセナ協議会 前理事長 尾﨑元規

このたびの福原義春さんのご逝去を悼み心からお悔やみを申し上げます。

福原義春さんは1990年に社団法人メセナ協議会(当時)の発足にかかわり、初代理事長、その後会長を歴任され、日本のメセナ活動の普及に大きく貢献されました。

私は福原さんとは化粧品業界の経営者、フォーラム21、企業メセナ協議会の3つの接点がありました。福原さんはビジネスに於いては、資生堂をグローバルなブランドに育て上げられました。経営者としても最近の効率性重視に偏った経営のあり方に疑問を持たれていました。社会のあり方が経済重視で価値観を見失い、混迷を極めていることを危惧されていました。社会や企業が置いてきた、見失ったものを取り戻し、人々が人間らしく生きていく、心豊かな生活をおくれる社会を取り戻す必要がある。そういう中で企業が見返りを求めず、芸術文化支援を行うメセナ活動の重要性を認識されていたと思います。福原さんのメセナ活動の原点に、初代社長の福原信三氏が開設した資生堂ギャラリーがあると聞いています。将来芸術家として大成しそうな新しい若い作家たちに作品を発表する場を提供しようという趣旨です。以後このギャラリーから多くの作家が世に出ており、この活動が福原義春さんのメセナ活動の思いにつながっていると思います。

今メセナ活動は社会課題解決型の活動が増えてきています。こうした活動を支えるのもメセナ活動にかかわる人の思いと努力です。それを支え、活力を与えるのは新しい若い芸術家の出現です。私が8年間勤めた新国立劇場は運営理念の中に芸術家を育てるという基本方針があります。劇場にはオペラ、バレエ、演劇の3つの研修所があります。その新入生に講話の際に福原さんが推薦されている岡倉天心の「茶の本」の琴馴らしの物語を毎年話してきました。演じ手は観客の気持ちになって演じるべしという物語です。芸術家育成で福原さんとのつながりを感じます。これからもメセナ活動は社会課題解決と芸術家育成の両輪でシナジーを出していかなければなりません。2014年に福原さんとの引継ぎで最後に両手をきつく握られた感触を思い出します。我々はその思いを次世代に引き継いでいかなければなりません。お世話になりました。ご冥福をお祈り申し上げます。


憧れの人、福原義春さんのご逝去を悼んで
企業メセナ協議会 理事長 夏坂真澄

福原さんとお会いしたことは2回しかありません。でも、福原さんは私の憧れの人でした。

一度目は、石鹸関連の業界団体での会合。末席の委員である私は、緊張しながら会長の福原さんにご挨拶しました。二度目は、福原さんが顧問をつとめられていた、フォーラム21(梅下村塾)での講演。

講演をされた福原さんは、企業人が利益だけを追い求めるのでなく、まず人間として生きることの重要性を語っておられました。講演後、お礼状を送ると、福原さんから素敵な絵葉書のご返事をいただきました。お礼状に返事をもらったのは初めての経験で、万年筆の柔らかな筆致に、優しいお人柄を感じました。

私にとって福原さんは、化粧品会社の社長として、そして、芸術を愛する経営者として憧れの存在でした。

福原さんは資生堂の社長就任後、社内での強い反対意見があるなか、大幅な在庫削減を大胆に実行され、一時的に大きく実績を落しますが、その後V字回復されました。私自身も、2007年、花王の化粧品事業の担当になり、最初に手をつけたのが不良在庫削減、SKU削減でした。社内の反対の声が大きいなかで推進しましたが、そのとき、模範であり支えであったのは先人である福原さんでした。

果断な経営者である一方、芸術を愛する文化人である福原さんは、経営者である前に人間であることを大切にした方だと思います。高校時代、小説家になりたかった私は、企業人は利益のみを追い求めるホモ・エコノミクス、マックス・ウェーバーのいう「魂なき専門人」という固定観念をもっていたのですが、ご著書の『多元価値時代の経営』(1992年)は、私にとっての経営の指南書であるとともに、私の固定観念を払拭してくれた本でした。

振り返れば、1990年代というのは、企業人が利潤最大化のみを追求することへの反省の時代だったと思います。1990年に設立された企業メセナ協議会、1998年に小林陽太郎氏によって設立された日本アスペン研究所は、経営者が「人として」考え、活動することを推進したと思います。福原さんは日本アスペン研究所でも名誉理事を務められており、まさしく日本の経営者のあるべき姿を提示し、自ら模範としての姿を見せてくれた人と思います。

そして、福原さんは、大上段に正論を展開するのでなく、細やかな感性をもって語る人でした。写真の話、蘭の話をするときの福原さんの少年のような眼の輝きを今でも覚えています。

福原さんの設立された企業メセナ協議会の重責を担わせていただいていること、たいへん光栄に思うとともに、福原さんの思いを継承し、次世代につなげていきたいと思います。福原さん、ありがとうございました。

合掌。


福原さんを偲びつつ、ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 

 

公益社団法人企業メセナ協議会

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