油機エンジニアリング株式会社

メセナアワード受賞から広がる「メセナ活動」その先へ

油機エンジニアリング(株)「古材の森」座敷にて (左)経営企画部 有田和樹(ありた・かずき)さん/(右)代表取締役社長 牧田尚起(まきた・なおき)さん

 

福岡県の油機エンジニアリング株式会社が「メセナアワード2011メセナ大賞部門 解体新生賞」を受賞してから12年の歳月が経った。解体事業を生業とする同社は、明治時代に建造された町屋を修復。カフェレストラン並びにイベントスペース「古材の森」として、動態保存・活用している。本レポートでは「古材の森」のメセナアワード受賞が、油機エンジニアリングの事業そのものに与えた影響と、受賞以降の取り組みについてお伝えしたい。

 

コロナを越えてさらに広がる「古材の森」利活用

「古材の森」 筑前前原駅から徒歩5分「前原名店街」沿いにある。近隣はかつて福岡藩領の「前原宿」として江戸時代には参勤交代の行列も通った宿場町だった

 

「古材の森」の最寄り駅はJR筑肥(ちくひ)線「筑前前原」(ちくぜんまえばる)駅だ。福岡空港・博多駅・天神駅など、福岡の中心街から地下鉄が相互乗り入れをしているため、各駅停車でも1時間ほどで到着する。

「古材の森」がある糸島市が、いまや移住地として全国的に人気の理由の一つは、この利便性によるところが大きい。

 

古材の森 店内。奥には、1901年の建物竣工当時の様子を撮影した古写真をパネル展示している

 

訪問当日は、10年に一度という寒波が全国に襲来し、福岡でも風雪によって各種交通機関に影響が出るほどだった。そのような天候、かつ平日にもかかわらず、駐車場はほぼ埋まっていた。外観写真を撮影している最中にも、ランチのために何組ものお客さまが訪れる。

「古材の森」は、コロナ禍では一時閉店もしたが、現在ではお客様はほぼ戻ってきており、さまざまなイベントも再開しつつあるという。午後の時間帯は、カフェ営業だけでなくコワーキングスペースとしても開放中だ。落ち着いた雰囲気の中、庭を眺めながらの仕事は、気分転換にもなり、よいアイディアも浮かびそうである。

現在、油機エンジニアリングのブランディングに大きく貢献している「古材の森」。契機となったのは2011年の「メセナアワード」受賞であった。

 

メセナアワード受賞で社内の空気が大きく変わった

油機エンジニアリング(株) 現・代表取締役 牧田尚起(まきた・なおき)さん。メセナアワード受賞時の社長であった父の隆(たかし)さんは、2019年に代表権を返上し会長に退いた

 

「父は、この建物に一目惚れしたんだと思います」

2005年に、前社長の隆さんが、旧西原邸(現・古材の森)を動態保存することを決意したとき、尚起さんにはその意図がしばらく理解できなかったという。社員たちも同様だった。「古民家を修復して活用する」というと聞こえはいいが、費用も手間もかかり、事業としての利益が見込めるとは思えない。

「それなら本業にもっと力を入れてほしい」というのが本音だった。

 

「古材の森」責任者を務める有田和樹(ありた・かずき)さん。地元の糸島出身。元博物館の学芸員で「前原宿」を自主的に研究しており、古材の森に客として訪れたところ、隆さんにスカウトされた

 

社内では微妙な反応だったが、隆さんの決意は揺るがなかった。修復には私財を投じ、2006年には「古材の森」を開業した。本業とはまるで異なる古民家の修復と飲食業を、当時は「社長の趣味」とみる向きもあったという。

しかし、隆さんは決して道楽で「古材の森」を始めたわけではなかった。ゆくゆくは事業としての確立を見据えていたのである。「古材の森」責任者の有田さんは、専属スタッフとして雇用されたが、入社時には福岡営業所に配属された。本業である解体業のいろはを学ぶためだ。尚起さんは、同僚として有田さんと出会って意気投合。少しずつ「古材の森」への理解を深めていくことになる。

このような状況下で、社内の「古材の森」への意識変容を加速させたのが「メセナアワード」の受賞だった。2011年のメセナアワードは、94件(88社・団体)応募のうち、受賞は7件。2006年に古材の森を開業して5年目のことであった。

誰もが知る有名企業も名を連ねる中にあって、自社の活動が全国で高く評価された。この受賞は、油機エンジニアリングの社内において「古材の森」の意義を得心させ、社内における位置づけを変える大きなステップとなったのである。

 

社員にメセナ活動の意義を実感してもらうために「古材の森」を活用

「古材の森」の表門。この玄関は賓客を迎えるときのみ使用されるものであり、普段は門扉を閉ざしている。有田さんは幼少時から「門の向こうが見たい」と思って過ごしてきたそう

 

メセナアワード受賞で「古材の森」利活用の重要性が浸透してきたといっても、社員が自発的に現地まで訪れることは難しかった。油機エンジニアリングの本社は大宰府市にあり、古材の森までは自動車で約50分、公共交通機関だと約2時間強。「ちょっと立ち寄る」というわけにはいかない距離だった。

 

古材の森で提供されるランチ 町家御膳 二丈赤米・黒米をはじめ、糸島産の食材を使った体にやさしいメニュー。事前に予約が必要

 

そこでまず、福利厚生の一環として「古材の森で家族との時間を楽しんでもらおう」とランチ券を配布した。移住先として全国で有名になる前から、糸島は休日のドライブ先として人気のスポットであった。ランチが無料であれば、家族での遠出もしやすい。

次に、古材の森で社員研修を開始した。油機エンジニアリングの新入社員は、1週間ほど「古材の森」のスタッフとして働き、お客さま向けのマナー研修を実地で受ける。どんな業務であっても、その先にいるのは一個人としてのお客様だ。古材の森で、実際にお客様を対象として学ぶ接遇は、社内外どこでも役立てられるスキルとして将来の糧になる。

 

伝統的な床の間がある「古材の森」2階のお座敷。見学やイベントスペースとして使用している

 

研修ではもちろん「古材の森」の、建物の解説講義も行う。業務の一環として建物の手入れしながら隅々まで見ることになり、座学だけでない知識が身につく。客先でもプライベートでも「古材の森」を話題のきっかけにもできるし、何か聞かれることがあってもスムーズに答えられる。一石何鳥にもなる取り組みだ。

SDGsの目標達成に向けたサステナブルな取り組みとして「古材の森」は注目され、近年は多くのメディアが取り上げるようになった。それは、社員一人ひとりの会社への誇りにも転化され、好循環を育んでいる。

 

新たな取り組みは「持続可能な食糧生産」

古材の森パティスリーでつくられた自家製のケーキ。テイクアウトや通信販売も可能

 

油機エンジニアリングでは「古材の森」で、地元の糸島産の食材を使った健康的なメニューを提供するうちに、安全な食材の生産についても目を向けるようになった。そこで、2021年に関連会社として「阿蘇蔵農園」を開設。建設機械のノウハウを活かした、効率的かつ持続可能な農業を目指して取り組み中だ。

無農薬農法で生産された旬の野菜をどう活用するか。新しい調理法をするのもまた「古材の森」が果たす役割の一つである。

 

「阿蘇蔵農園」にて収穫された野菜を使ったスープ

 

取材当日のランチでは、前菜として「阿蘇蔵農園野菜のスープ」が供された。生野菜のサラダに、ドレッシング代わりに温かいビーツのスープをトッピングするという斬新な一品だ。スープの温みに萎びず、シャキッとした食感を保つレタスやベビーリーフの質の高さがあってこそ成り立つメニューである。ピンクの美しいスープには、ビーツ特有の土臭さはまったく感じられず、スッキリとした味わいでとても美味しい。

福岡は全国的にもグルメ都市として名を馳せているだけあって、飲食店の質は軒並み高く、競争は熾烈である。私は「古材の森」に、飲食店本来の「味」だけでも十分に事業を成り立たせていけるポテンシャルを感じた。

 

「古き良き建物」にとどまらない「古材の森」の果たす役割

スタッフによるさりげない一輪挿し。こうした心配りが、建物への愛情が丹念な手入れと心地よさにつながっていると感じさせられる

 

芸術文化は、地域社会の創造に役立ち、経済振興にも寄与するといわれる。しかし芸術文化を企業が支援したところで、すぐに営業利益の数字として表れるわけではない。

現在、福岡では「天神ビックバン」と称する大規模開発が進行中である。老朽化したビルを耐震性の高い先進的なビルに建て替え、都市としての強度を高め、さらなる発展を目指す都市計画だ。開発には、解体を旨とする油機エンジニアリングも深くかかわっている。スクラップ&ビルドにはよい面もある。だが、それは古いものをやみくもに壊すこととは異なるだろう。

 

廻廊を和室側から見た光景。この建築技術も木材も現在は失われているため、壊してしまったら再現はできない

 

「古材の森」は、過去に生きた人たちが積み重ねてきたものは、積極的に維持していかなければいずれ失われてしまうことを、その存在をもって教えてくれている。

ぜひ、実際に現地に赴き、「古材の森」の醸し出す空気を味わってほしい。変化の激しい時代の中で、しなやかに生きていくための指針を得ることに、どこかでつながっているのではないかと思う。

 


取材を終えて
私が本レポートの取材に手を挙げたのは、自身がこの沿線に13年ほどの居住歴があり、ちょうど「古材の森」が開業したころに福岡を離れたという経緯があったからです。自分にとっても、来し方を振り返る印象深い取材になりました。
特に、旧西原邸が「古材の森」として出発するまでの数々の運命的な出会いのエピソードに、大きく心を動かされました。まるで、家が自分を活かしてくれるための巡り合わせを待っていたかのようです。
「古材の森」は、どこをみても丹念に手が入れられており、本当に大事にされていることが伝わってくる素敵な建物です。次回は、ぜひプライベートで訪れたいと思います。

メセナライター:美里茉奈
・取材日:2023年1月23日(月)
・取材先:古材の森(福岡県糸島市前原中央3-18-15)
・取材:油機エンジニアリング株式会社(福岡県太宰府市大字北谷1096-8)
・その他:有限会社阿蘇蔵農園(熊本県阿蘇市蔵原953-6)

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