積水ハウス株式会社

「絹谷幸二 天空美術館」の社会貢献の挑戦 -不二法門-

美術館の入り口に展示されている《祝・飛龍不二法門》の前で

 

今回のインタビューでは、積水ハウス株式会社が直営する「絹谷幸二 天空美術館」の運営や社会的貢献活動について、設立準備から8年以上携わっているESG経営推進本部 美術館事業室の坂本博孝氏にお話をうかがった。美術館運営の核となるのは、積水ハウスの「キッズファースト」の理念に基づき、子どもたちや地域社会に対して多様な文化芸術体験を提供して地域貢献することであり、これは現代フレスコ画(壁画の古典技法)の第一人者である絹谷幸二氏のアート作品を通じた独自の体験プログラムによって展開している。

 

再開発が進む梅田駅から見える梅田スカイビル(中央)

 

梅田スカイビルをモチーフとした立体作品について熱く解説する坂本氏

 

絹谷幸二氏の創造性と、積水ハウスの社会貢献への想い

絹谷幸二 天空美術館はJR梅田駅北口を出て徒歩10分程度の梅田スカイビルタワーウエスト27階に位置している。美の力、芸術力によって、みんなを元気にする新たなる芸術文化発信の拠点を目指して、絹谷氏と積水ハウス株式会社が理念を共有しタッグを組んで2016年に開館し運営されている。

美術館に展示している絹谷氏の作風は、世界初の試みである絵の中に飛び込む大迫力の3D映像体験や、フレスコ[1]やミクストメディア(混合技法)による絵画や立体作品の数々を通して、人々に元気や活力を与えるような色彩豊かな絵画表現で、その作品には生命力やエネルギーが感じられる。また、作品のタイトルにもある「不二法門」[2]の概念にも現れているように、善と悪、現実と空想、平面と立体など相反する要素を取り入れ、さらに輪郭線を加えることで、より立体感やインパクトを持たせ、色彩の明暗の差をつくることで、視覚的効果を高める表現となっており、多様な見方や考え方が広がり、鑑賞者に新たな視点を提供している。絹谷氏は、一つの正解を目指すのではなく、自由で多様な創造性を大切にしており、この創造性を子どもたちに伝えようとさまざまなプログラムを展開している。

 

3D映像体験とフレスコ体験

美術館では、大人をはじめ特に子どもたちがアートの中に入り込むような体験を重視し、特に3D映像体験が代表的なものである。3D映像では、絹谷氏の絵画作品を切り抜き、立体的に動かす映像演出の作品があり、観客は絵画の中を旅するような没入感を楽しむことができる。このような体験型アプローチは、アートを単に「見る」だけでなく体感することの重要性を強調し、通常の展示とは異なるかたちで観る者の創造力を刺激している。

坂本氏の「子どもたちが3Dを観ると『わー!龍が襲ってきた!』と声を上げて喜んでいる姿や、その後に3Dに出てきた絵画や立体作品を実際に鑑賞し終わった後に、子どもたちが『また来たい!』といっている姿を見るとうれしい」と顔をほころばせて話す様子からも、その現場がありありと想像できた。

また実際に親子で楽しめる「フレスコ体験」のワークショップも企画しており、他の美術館などではなかなか体験できない、レンガの上に石灰と砂と水を混ぜて練った漆喰を塗り、水だけで溶いた顔料で絵を描く壁画技法を体験できるプログラムもある。

このフレスコ体験は、子どもや子どもの産み育てに配慮したすべての製品・サービス・空間・活動・研究を対象とする顕彰「キッズデザイン賞」を受賞しており、対外的にもとても評価されているプログラムである。

 

美術館のパンフレットと3Dメガネ

 

「フレスコ体験」ワークショップで作成したフレスコ画

 

地域や学校との連携による社会貢献

美術館では、他にも地域社会や学校と連携を図りながら、社会貢献に取り組んでいる。大阪の近隣の小学校や地元の自治体と協力し、梅田スカイビルの展望台や里山を活用した校外学習プログラムを提供することで地域の人々に美術館の存在を浸透させる取り組みが行われている。また、美術館での「フレスコ体験」や「キッズ絵画コンクール」は、子どもたちにアートに触れる機会を提供し、作品制作の喜びや達成感を感じてもらう取り組みもおこなっている。さらに、地域でのイベントや体験学習を通じて、美術館は地域の芸術文化の発信地としての役割を果たし、地域からも評価を得ている。

また、大阪の都市部に位置するが、積水ハウスが日本の原風景を都会に再現した里山との連携によって都市と自然が共存する体験プログラムが提供され、特に子どもたちにとって貴重な学びの場となっている。自然体験とアート体験を組み合わせたプログラムでは、学校の授業の一環として訪れる小学生たちが、作品を通じて遊びや学びを体験し、アートの楽しさに触れる工夫が施されている。坂本氏は、こうしたアプローチにより「楽しかった、また来たい」と感じる子どもたちが増え、美術館に行くきっかけになってほしいと語る。

 

キッズ絵画コンクールについてうれしそうに語る坂本氏

 

メイク・スマイル・プロジェクトと社会的包摂

美術館は、2023年度に社会的に恵まれない環境にある子どもたちを支援する「メイク・スマイル・プロジェクト」に協力し、関⻄の児童福祉施設・児童養護施設の子どもたち約160人を招待し、絹谷氏自ら美術館を案内した。さらに梅田スカイビルの展望台や里山を巡る体験プログラムを提供することで、都心部の日常では体験できないアートと自然に触れる貴重な機会を提供している。この活動は、経済的に不利な家庭の子どもたちにも文化体験を提供しようという美術館側の社会貢献の取り組みを象徴するものであり、積水ハウスの社会的包摂の理念が現れている。

さらに、メイク・スマイル・プロジェクトの一環として、積水ハウスが企業として関与することで地域や他企業との協働が進み、地域全体で子どもたちを支援する体制が構築されつつある。坂本氏は、この社会貢献活動が地域社会とのつながりを深め、積水ハウスの社会的価値の向上にも寄与していると実感を持って述べた。

 

直営美術館としての特徴とESG経営の実践

積水ハウスがこの美術館を直営することは大きな特徴である。ESG経営のリーディングカンパニーを目指す積水ハウスは、美術館そのものを自らつくり上げ、地域社会と連携した柔軟でユニークなプログラムが展開され、ESG経営の実践例として芸術文化振興による社会貢献ができるよう設計されている。「キッズファースト」の理念に基づくフレスコ体験や3D映像体験など、他の美術館では難しい体験型ミュージアムが実現されていることも特徴である。

坂本氏によると、企業が主体的に美術館を運営する意義は、単なる資金提供ではなく、企業自らが芸術文化発信の場を創出し、地域社会に文化的価値を提供する点にある。天空美術館では、子どもたち向けプログラムに加え、大人を対象としたワークショップも提供し、地域住民が幅広く参加できる内容となっている。また、企業美術館であることから、意思決定が迅速で、柔軟な運営が可能であることも強みであることも直営の利点であるという。

ちなみに、美術館に併設された「天空カフェ」も積水ハウス直営である。インスタ映え間違いなし!というキャッチフレーズのとおり、淀川や大阪のまち並みの絶景ビューやここでしか味わえないメニューが楽しめる。カフェのメニューについても坂本氏をはじめ美術館スタッフがみんなで考案しているとのことだった。

 

カフェメニュー おすすめは「赤富士ソーダ」と「天空ソーダ」

 

天空カフェでインタビュー中に偶然、見えた虹

 

大阪教育大学との共同研究とアートによるコミュニケーションの促進

国立大学法人大阪教育大学との共同研究により、子どもたちが美術館を訪問し鑑賞する活動をサポートする教材「アートとともだち」(キッズデザイン賞受賞)を開発し、このツールを活用した「対話型鑑賞教育」を実施している。このプログラムでは、アートを鑑賞するだけでなく、自分の感じたことを言葉にし、それを他者と共有することで、アートを通じたコミュニケーション能力の向上と、子どもたちの創造力を高め、感性を豊かに育むことを目的としている。子どもたちは事前にアートって何だろうと考えたり、アートカードで作品について話し合ったりすることで関心を高め、美術館で実際の作品を目にし、意見を表現する場が設けられている。この「アートとともだち」は、天空美術館以外のどこの美術館でも活用が可能なように開発されており、アート鑑賞がコミュニケーションのきっかけとなり、多様な視点を学ぶ機会としての価値が評価されている。

 

天空美術館の挑戦と民間美術館としての独自性

天空美術館は、民間企業が直営する美術館として、国公立美術館にはない柔軟性を活かし、地域住民や来館者に向けて積極的にさまざまなプログラムを展開している。積水ハウスの独自の社会貢献活動としてキッズデザイン賞の受賞などもあり、社会的評価を得て、全国美術館会議の正会員に加盟し、国公立の美術館と並び、民間美術館として、その活動を社会にしっかり根づかせるため、その成果を会員間や広く美術関係者、一般の方々と共有している。

坂本氏がいうには、限りある予算とスタッフ数の中で、従来の美術館では考えないような新しい発想や、できないような取り組みを今後もしていき、社会に貢献していきたいと熱く語ったのが印象的だった。

また、来館者数の増加やキッズデザイン賞の受賞など社外的な評価を得ることによって、社員の美術館に対する関心も高まり、それがスタッフのやりがいにつながっているとのことだった。

そのような、美術館を通したESGの取り組みで、地域の子どもたちをはじめ来館者と社員の満足度ややりがいにつながる好循環の仕組みが、まさに「絹谷幸二 天空美術館」における社会貢献の挑戦の核になる部分であると実感した。

[1] 漆喰壁が乾ききらない24時間の間に、水で溶いた顔料で描くもの。

[2] 大乗仏教経典の一つ『維摩経』の思想。対立していて二元的に見える事柄も、絶対的な立場から見ると対立がなく一つのものであるということ。

 


取材を終えて

普段、公立文化施設に勤務している者として、民間の文化施設における公益性について、取材前はやや疑問を感じているところが正直あった。しかし今回、積水ハウスのESG経営と美術館直営の仕組みや、そのミッションと活動内容の公益性に深く共感することがあった。絹谷幸二氏の創造性への信念と、積水ハウスの芸術による社会貢献の姿勢、さらに開館時からの担当である坂本氏の子どもたちへの温かいまなざしでの現場レベルの取り組み。そのようなチームによって地域に根づき、社会貢献する民間美術館として、社会的価値の向上を目指して挑戦し続ける姿がとてもスマートだと感じた。

メセナライター:半田 将仁(はんだ まさひと)

取材対象:積水ハウス株式会社「絹谷幸二 天空美術館」
取材日:2024年10月18日(金)
取材場所:絹谷幸二 天空美術館(〒531-0076  大阪市北区大淀中1-1-30  梅田スカイビル タワーウエスト27階)

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