NTT東日本株式会社

コミュニケーションやテクノロジーの変化に呼応する『NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]』の挑戦

東京都新宿区にある、初台駅から直結する、東京オペラシティ。コンサートホール、リサイタルホール、アートギャラリーを有し、アート好きが集まるこの建物の4階にあるのが、NTT東日本株式会社が運営する文化施設「NTTインターコミュニケーション・センター(略称:ICC)」だ。

2025年12月13日(土)から始まった企画展「知覚の大霊廟をめざして——三上晴子のインタラクティヴ・インスタレーション」では、アーティストの三上晴子の没後10年となる節目に、1990年代以降の三上のインタラクティヴ・インスタレーションを複数展示。

 

「知覚の大霊廟をめざして——三上晴子のインタラクティヴ・インスタレーション」展 会場風景
撮影:冨田了平 写真提供:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]

 

本展でもっとも大規模な作品《欲望のコード》は、「蠢く壁面」「多視点を持った触覚的サーチアーム」「巡視する複眼スクリーン」の3つの要素から構成されている。たとえば通販サイトなどで買い物をしたときに、「これを買った人は、これにも興味があるはずです」とおすすめされる機能がある。そうしたシステムによる監視がテーマというこの作品。壁面に設置された小型カメラを備えた大量のストラクチャーが一斉にこちらを向き、動きを追ってくるさまにはゾワッとする。16年前に発表された作品だが、生成AIが発展し、監視社会がさらに進んだ現在、その問題意識はさらに差し迫って感じられる。

 

三上晴子《欲望のコード》2010/2011年
写真提供:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]
撮影:丸尾隆一

 

その他にもICC委嘱制作作品で1997年から2000年まで無響室で展示された《存在,皮膜,分断された身体》や、体験者の視線の軌跡がリアルタイムに正面の映像に反映される《Eye-Tracking Informatics》など、本展はさまざまな体験型の作品を通して、人間の知覚や、情報化された環境への問いかけを私たちに投げかける。

 

左:メセナライターの福井さんが《Eye-Tracking Informatics》を体験する様子
右上下:三上晴子《Eye-Tracking Informatics》 2011/19年
撮影:木奥恵三 写真提供:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]

 

三上晴子《存在、皮膜、分断された身体》(サウンド・インスタレーション版の再現展示)1997年
撮影:冨田了平 写真提供:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]

 

1990年のプロジェクト開始以来メディア・アート作品をはじめ、現代のメディア環境における多様な表現を紹介してきたICC。なぜ通信事業を行う企業がアートセンターを運営し、30年以上プロジェクトを継続することができたのだろう。その活動の歩みと、生み出してきた価値、これからについて、NTT東日本広報室 宣伝担当課長の安部翔吾さんと、ICC学芸課長の吉﨑和彦さん、ICC学芸員の指吸保子さんに話を聞いた。

 

左から、安部さん、指吸さん、吉﨑さん

 

 

電話網、インターネット、バーチャル空間――展覧会の形式のアップデートへの挑戦

1990年の日本の電話事業100周年を機に構想が始まったICC。1991年より開館前のプレ活動がスタートし、1997年4月19日に、東京・初台に活動拠点としてのセンターを開館した。以来、「コミュニケーション」というテーマを軸に、科学技術と芸術文化の対話を促進し、アーティストやサイエンティストを結びつけるネットワークや、情報交流の拠点(センター)となることも目指している。当時の運営母体である日本電信電話株式会社(1999年の分社化以降、NTT東日本へと変更)がアートセンターを開館した背景として、「アートとテクノロジーの観点から社会の未来を構想していくことが、企業の使命としてあった」と安部さんは話す。

安部「現在NTT東日本は『地域循環型社会の共創』をパーパスとして掲げていますが、通信インフラにとどまらず、人が夢や希望を持って過ごしていける地域や社会をつくっていくことを目指しています。ICCについても社会とつながり、対話していくために存在していると捉えています。」

 

NTT東日本株式会社 広報室 宣伝担当課長の安部翔吾さん

 

ICCスタートの年、1991年に開催したのが「電話網の中の見えないミュージアム」。電話やファクシミリ、パソコンを使用して特設の短縮ダイヤルをプッシュすると、作品を聞いたり、読み出したりすることができる、という、展示会場を持たない、ネットワーク上で開催された実験的なイベントだった。2005年から20年間ICCの運営に携わってきた指吸さんも、その名前を聞く機会は多いと話す。

指吸「ICCといえばこれ、とおっしゃる方がいまだにいるぐらい、印象的な企画だったようです。場所を持たないけれど、文化情報が交流しているという取り組みから始まるICCは、NTTという通信事業を行う会社のプロジェクトとして非常に明快な回答であり、新しさもあったのだと思います。」

 

非売品となっている展覧会カタログ

 

本展は1995年に「on the Web―ネットワークの中のミュージアムー」という企画へと発展。インターネットの中に「見える」美術館を構築したほか、ISDN回線を使ったパフォーマンスやインスタレーションも行った。当時つくったウェブページなどは、現在も一部をアーカイブとして見られるようになっている。

 

作品の一部は、今もICCのウェブサイトで見ることができる

 

国公立の美術館やアートセンターで学芸員を経験し、2025年6月にICCに着任したという吉﨑さんは、他館にはないICCの特徴を強く感じている。

吉﨑「ICCは電話網、インターネット、現在はバーチャル空間と、展覧会という形式自体のアップデートにチャレンジし続けてきました。また一般的な美術館・博物館はモノや空間があることが前提とされていますが、物理的なものだけではなく、出来事や情報、人のつながりというものが蓄積されていく場所ということもICCの特徴的なところです。」

 

ICC学芸課長の吉﨑和彦さん

 

 

時代の変化に応答し、人に支えられて

Windows95が登場し、インターネット接続サービスの普及した1995年。日本の「インターネット元年」と呼ばれたまさにそのころに、ICCの拠点はオープンした。ICCの開館から間もなく29年。現在では一人一台スマホを持ち、誰もが、いつでもどこでもインターネット世界につながることができる。テクノロジーやコミュニケーションのあり方、社会課題は大きく変化した。

この変化の波の中で、時代の趨勢にどう応答していくかということを考えながら運営を行ってきたというICC。時代の動きを敏感に捉え、それに呼応するような提案をアーティストや研究者とともにし続けてきたことが、長期の運営につながっているのだろう。それに加えて、「人に支えられてきた部分も大きい」と、指吸さんは話す。

指吸「97年に開館した当時学生だった方たちが卒業してアーティストになって、ICCで展示をする。その方がご活躍されて、またICCに戻ってきて展示してくださる。そうしたことの積み重ねによって、ICCも継続させてもらってきたところもあると思います。また私たちが、アーティストや研究者にとって、ある意味での成長の場や転機となる機会をご提供することができたこともあったのではないかと思います。」

 

ICC学芸員の指吸保子さん

 

指吸さんが特に印象に残っているアーティストの一人として挙げてくれたのは、2024年12月から2025年3月まで個展「evala 現れる場 消滅する像」を開催したevalaさん。2013年に、無響室で体験するための作品《大きな耳を持ったキツネ》の滞在制作を行った。その後evalaさんが「See by Your Ears」プロジェクトを立ち上げたときに、ICCで発表した《大きな耳を持ったキツネ》が原点であると位置づけている。

凱旋して行われた個展では、この展覧会のために制作した新作3点をはじめ8点のサウンド・インスタレーションを展示。結果として、evalaさんは新作《ebb tide》とこれまでの活動が評価されて、アルス・エレクトロニカ2025「冨田勲特別賞」を日本人として初めて受賞した。

 

「evala 現われる場 消滅する像」展 evala《ebb tide》2024年
撮影:丸尾隆一 写真提供:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]

 

指吸「evalaさんは空間の響きを聴きながら現地で制作を行う方で、昨年度の展示の際も長い間滞在制作を行っていました。個展が終わった後に『ICCでなければできなかったです』ということをおっしゃってくださって、それは本当にありがたかったです。」

「ICCでなければできなかった」その言葉の背景には、ICCにはテクニカル・スタッフが常駐していて、サポートができる体制があることも大きかったそうだ。

指吸「まとまった時間をかけて、テクニカル的なサポート込みで作品を準備することができる環境をご用意できるという意味では、大掛かりな作品をつくる作家さんには安心感がある会場として認知いただいているのかなと思います。」

 

 

リアルとバーチャルの関係性を追求し続ける

2020年1月から2月に国際交流基金アジアセンターとの共催で開催した展覧会「開かれた可能性――ノンリニアな未来の想像と創造」では、シンガポールとICCの2会場で巡回展示を開催。しかし会期終わりに新型コロナウイルスが広がり、同時開催していた「オープン・スペース 2019 別の見方で」とあわせて会期を短縮して終了することになった。

その後しばらくICCは休館。コロナ禍により、バーチャル空間への注目度が増したこの期間に、仮想空間「ハイパーICC」を立ち上げる。リアルな展示が再開された2021年1月の企画展「多層世界の中のもうひとつのミュージアム――ハイパーICCへようこそ」では、仮想世界とリアル会場をどのように連動させられるかに挑戦。オンラインで体験できる作品が現実の展示会場に現れたり、そこからオンラインへ情報を送ったり、東京オペラシティ街区全体の点群データを取得して構成した「ヴァーチュアル初台」アプリを配布するなど、情報が行き来する展示空間をつくり、新しい展覧会のあり方を探った。

 

2021年1月から3月に開催された「多層世界の中のもうひとつのミュージアム」ポスター

 

吉﨑「コロナ禍は多くの美術館がオンライン配信を試みた時期でした。コロナ禍が明けてから、物理的な空間や人と会うということ、実作品を見るということの大切さに気づいて、より意識して現実世界の方へ戻って行っているとは思います。ただICCとしては、リアルとバーチャル空間との関係性を今後も追求し続けていきたいと思っているところです。」

リアルな場がなくなったときに鑑賞体験として失われたものの一つは、他人の存在を感じるということ。たとえば、自分が見ている横で、二人組で来ていた人の会話が少しだけ耳に入り、楽しんでいる様子が伝わる。そうしたことをバーチャルでどう実現できるかということも含めて、ICCでは話し合っているそう。

たとえば、仮想空間の中のもうひとつのICC「ハイパーICC」内に設けられた「シアター」では、視聴者が好きな時間に再生する「配信」ではなく、あえて決まった時間に始まる「上映」として映像作品を届けている。またその空間の中では、絵文字としてリアルタイムで鑑賞している他人の存在が、パブリック・ビューイングのように認識できるようになっている。

指吸「少ない人数で運営する中で必ずしもエンターテインメント性の高いリッチなサービスを提供できるわけではないのですが、だからこそできる機動力の高さやみんなが見落としていること、やっていないところに、今後も挑戦したいと思っています。」

 

 

ICCのバトンを次につなげる

時代の変容に合わせて、アップデートされていくICC。テクノロジーの発達とともに社会課題も増えた時代において、その役割はさらに存在感を増していきそうだ。最後にICCのこれからについて考えていることをうかがった。

安部「時代の変容に合わせて、地域や社会の課題を解決していくための一つの場でありたいと思っています。また、アートは問いを探求して、解釈を行い、アクションをする――そうした探究型の人材を育んでいくことにつながると感じているので、アートを見せながら、社会課題と接点を持って探究して解決していこうという、場や機能でありたいです。」

 

吉﨑「企業が持つ文化施設だからこそ、アーティストが研究所やエンジニアと実際に手を動かしてものをつくり出すことができる。これは他の文化施設にはない、ICCの一つの強みだと思います。これからもさまざまな方がここに集まって、よりよい社会をつくるための提案や、あるいはテクノロジーによって変化していく社会と個人を、批評的なまなざしで考える場を継続していきたいです。」

 

指吸「私はICCというもののバトンを預かっているという感覚を強くもっています。アートとテクノロジーの関係や、それによって生まれるものを取り上げる場であることを守りつつ、どのように時代に合わせてアップデートしていけるか。また、30年の歴史を経て、次の一手を打つとしたら、その歴史の延長線上のどこに納得のできるラインを描けるか。これからもICCが独自の道を進んでいくために、アーティストや研究者のみなさんと取り組みを進め、来場者の方の声を聞き、話し合う中で、運営していきたいと考えています。」

 

お話は、ICCの過去の展示ポスターが並ぶお部屋でうかがった

 


取材を終えて

取材中、「この30年間でコミュニケーションという言葉の意味も変わったと思うんです」という吉﨑さんの言葉にハッとした。私の子どものころから考えても、手紙を送り、家にある電話やファクシミリで連絡を取り合っていた時代から、インターネットで気軽に距離も時間も超えて、複数の人と同時多発的にやり取りをすることが当たり前の時代へと変化した。コミュニケーションの手段、その意味するところも大きく変わっている。

こうしたコミュニケーションの変化を見つめながら歩んできた30年超。長期に渡って継続することができている背景には、ICCが常にアップデートし「挑戦」する姿勢があることを強く感じた。そして「テクノロジー」を扱いながらも、そこにはNTT東日本の社員、学芸員、アーティスト、研究者、テクニカルスタッフなど「人」の力が結集しての場であることも。この先、テクノロジーやコミュニケーションはどのように変化していくのだろう。これからも、一歩先の未来を提示し、問いを投げかけてくれるICCの活動に注目したい。

メセナライター:福井尚子

取材日:2025年12月17日(水)
取材先:NTT東日本株式会社
NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]
(東京都新宿区西新宿3-20-2 東京オペラシティタワー4階)

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