株式会社アーバネットコーポレーション

ART MEETS ARCHITECTURE COMPETITION(AAC)

メセナライター 天田 泉
“企業の文化施設・アートスペース” “新会員や話題のメセナ活動”をテーマに、外部ライターによる「メセナの現場」体験記をお届けします。

2017年の最優秀賞、金俊来さん(京都市立芸術大学大学院)の「Waterfall」は、「マンションの中に滝があったら」という発想から生まれた作品。
漆と螺鈿を用い、伝統的な技法に現代的な感覚を取り入れていることが高く評価された。

2001年からスタートした「ART MEETS ARCHITECTURE COMPETITION」(以下、AAC)は、若手芸術家の発掘・支援・育成を目的とした、学生を対象とした立体アートコンペだ。2018年で第18回目を迎え、アーティストを志す若者たちの活躍の場、そしてチャンスを生み出してきた。

彫刻家を目指す若者の作品で
マンション空間にうるおいを

AACを主催する(株)アーバネットコーポレーションはマンション等の開発・販売などの事業を行っている企業。

AACは、建築を予定するマンションのエントランスホールに設置する作品を募集。書類審査で選ばれた3名が制作費各20万円を支給され、約3ヶ月をかけて実物を制作。完成した作品を実際にエントランスホールに設置して、最終審査を行う。そして最優秀賞を受賞した作品は、そのままマンションのエントランスホールに設置されることとなる。

金俊来さんが一次審査に提出したプレゼンシート。作品のコンセプトや設置イメージ、制作方法をA4用紙1枚にまとめている。一次審査はこのプレゼンシートをもとに、実際に制作可能かどうかも考慮しつつ行われた。

2017年の受賞記念写真。後方は受賞者。手前右から3名の審査員、小山登美夫氏(小山登美夫ギャラリー)、彫刻家・三沢厚彦氏、審査員長の堀元彰氏(東京オペラシティアートギャラリー)、服部信治氏(アーバネットコーポレーション代表取締役社長)。3名の審査員は毎年異なるので、選ばれる作品も年によってカラーが出る。

(株)アーバネットコーポレーションが「AAC」をはじめたきっかけは、一級建築士として、長年マンションの設計をしてきた服部信治代表取締役社長が感じてきたジレンマからだった。「日本のマンションは、効率性を追求する反面、空間のあそびやゆとりの部分が少ない」

また、あるとき服部社長は美術大学の教師に「彫刻家になりたい学生、毎年数十人が入学しても、卒業後実際に彫刻を続けられる人は一人いるかいないか」という話を聞いた。「才能はあるのに活躍の場がない、そんな若い人たちを応援できないか」。

比較的広い空間の取れるエントランスホールを活用し、建築家と彫刻家がコラボレートして美術館のような空間をマンションに設ける。そんなアイデアから、AACは始まった。年に10数棟手がけるという、すべてのマンションに立体アート作品が飾られている。

実際の建物に設置する作品を選ぶAACには、ある種の審査基準がある、と同社の広報・IR担当の山本文美さん。

「マンションにずっと展示されるので、作品の安全面やメンテナンス性は重要です。また、人の好みが分かれるようなものは難しく、公共性が必要とされますね。実際に設置される空間に合っているかどうかも加味して選ばせてもらっています」

2017年度の優秀賞を受賞した後藤 宙さん(東京藝術大学大学院)の「Heterogen」。

同じく2017年度優秀賞を受賞した、土井彩香さん(東京藝術大学大学院)の「Starting from white」。

この日、見学に訪れた北品川(東京都品川区)のマンション。瓦や格子をイメージした、和風テイストで統一されたエントランスの共用部。

マンションのエントランスには、2015年に入賞を果たし2017年度のAACで最優秀賞に輝いた金俊来さんに依頼して制作してもらった作品「白夜」が飾られている。発泡スチロールに漆を何度も塗り重ね、太陽と月のふたつを表現したモニュメントだ。東海道沿いに建てられたマンションは、景観指定の面から日本的な要素を含むものが好ましいとされたため、日本の伝統色である「蜜柑茶」(オレンジ色)を使った。

「少しでも多くの人に作家と作品を知ってもらいたい」。プレートに受賞者である学生の名前が刻まれるのは、AACのそんな願いから。

通りからも建物のエントランスの彫刻作品が見えるように、設置場所も工夫している。

コンペが終わっても
ずっと作家を応援したい

「金さんにはAACの受賞をきっかけにこれまで10作品ちかく制作してもらっています」と山本さん。

金さんのように、過去の受賞者や応募者の作品をマンションに設置するなど、コンペが終了したあとも作家を支援している。また、作家側からも個展の知らせなどが届き、関係性が続いているという。

2009年度に優秀賞を受賞した本郷芳哉さんには、現在に至るまで数多くの作品を制作発注している。AACをきっかけに長いつき合いとなった作家の一人。

今や、彫刻科だけでなく、デザイン科、建築科の学生も応募するようになり、美術関係者たちにも周知されているAAC。でも、2009年のリーマンショックの際には中断の危機もあったという。

「会社の事業で大きな赤字が出てしまったので、AACの中断も検討したと聞いています。しかし、服部社長の『やめてはいけない、規模を小さくしてでもやろう』という思いから、賞金を一時的に下げても続けました」(山本さん)

2016年度最優秀賞を受賞した古川千夏さん(広島市立大学)の作品「GEMME」。
第一次審査では、七宝焼きの大きな花をつなげて球体にする、というコンセプトだったが、
制作打ち合わせをする過程で、構造の安定性などから、球体のステンレスに花を貼る方法に変更した。

今後、このコンペをどのように育てていきたいと考えているのだろう?

「建設するマンションの棟数は、少しずつですが増えているので、なるべく多くの作家の方に仕事を発注して、作家の方にはそれで広報活動をしていただきたいと思っています。ポートフォリオに一行、『マンションに作品を設置している』と実績が書いてあるだけで、プロとしてのお墨つきになると思います。AACをどんどん利用して活動の場を広げてほしいですね。現役の学生さんには、広く知っていただけたらいいなと思います」

2018年度の応募はすでに終了しており、7月に第一次審査、10月に最終審査が行われる。審査委員長に国立西洋美術館長・馬渕明子さんを迎え、審査員は、現代芸術作家・ヤノベケンジさん、アート・コーディネイター、内田真由美さんが務める。

(AAC URL:https://aac.urbanet.jp)

暗いイメージのあるマンションのゴミ置場が、壁の朱色と紅葉の絵により鮮やかで明るいスペースに。アートを取り入れることで住人の「きれいに使おう」という思いも芽生えさせた。(右:壁面のアップ)

2011年に最優秀賞(写真左)を受賞した堀 康史さんに依頼して制作してもらった作品(写真右)。合わせ鏡を使ってエントランスを広く見せた。

2014年には3Dプリンターで制作した井田大介さん(東京藝術大学大学院)の作品が最優秀賞を受賞。
時代によって制作方法も素材も変化してきた。*1繊維強化プラスチック。

*取材を終えて*

日本では立体アート作品にふれられる場所は、美術館や公園など限られているが、マンションといった個人の暮らしの中に彫刻が置かれることは、意識的にせよ無意識にせよ、住む人の心に豊かさをもたすと思う。また、一次審査を通過した学生は支給された制作費で制作し、最終審査で実際に作品をマンションのエントランスホールに設置するという経験は、プロとして活動していくうえで自信となるだろう。学生時代に、自ら制作した作品を通して社会とのつながりをもてる。そのことは若い芸術家たちの可能性を大きく広げると感じた。(天田)

◎訪問日:2018年6月11日(月)
◎訪問先:株式会社アーバネットコーポレーション
[東京都千代田区神田駿河台4-2-5 トライエッジ御茶ノ水13階]

(2018年8月20日)

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