アサヒビール株式会社特別協賛

アートの旅の魔法

「アサヒ・アート・フェスティバル 2015」開幕に寄せて
新潟県新発田市、吉原写真館

原 亜由美[メセナライター]


[吉原家の140年]上映の様子

★メセナライターレポートはartscape , ネットTAMからもお読み頂けます。

吉原(よしはら)写真館は新発田の地で、実に126年の時を経ている。創業はさらに遡り、初代が写真撮影を始めたのは今から145年前の明治3年。その吉原写真館のスタジオで、美術家でもある六代目館主・吉原悠博(よしはらゆきひろ)さんの作品[吉原家の140年]が上映された。ガラス乾板やネガ・フィルムに写し込まれた家族史が、美しい音楽の調べに乗って、スタジオの白い壁に映し出される。創業者一家に始まり、六代にわたる家族写真が織りなす、繊細で緻密な構成の叙事的作品だ。
人が今在るということは、ただ在るのではなく、自分以前に脈々と繋がって在るということ。[吉原家の140年]は、そうした普遍性に気づかせる作品だと、芹沢高志さんは語った。
この日はAAFネットワーク実行委員会事務局長・芹沢さんを吉原写真館にお招きしての、吉原さんとの対談である。テーマは「写真の町シバタで語るアートとは?」。上映後の余韻が広がる中、「アートとは行為である」ということを軸に、写真、記憶、アイデンティティ、その集合体としての町など、パーソナルなことやローカルなことが持つ力について、静かな熱をもって意見が交わされた。ほんのり哲学的で、贅沢な時間が流れていたように思う。話に引き込まれ、自分が今どこにいるのか一瞬わからなくなるような不思議な夜であった。

吉原さんと芹沢さんの対談

 「写真の町シバタ」は、新発田市の市民プロジェクトで、毎年秋に同名のイベントを行なっており、市の後援も受ける。「アサヒ・アート・フェスティバル(以下AAF)」には、今年で2度目の参加となる。メイン企画は「まちの記憶」と題した展示で、商店地区の店先にアルバムから選んだ写真をポスターにして飾ってもらう。活動5年目を記念し、6月に市内5ヵ所で、過去の出品をまとめて展示する「まちの記憶」回顧展が行なわれた。吉原さんと芹沢さんの対談は、この展示の関連イベントとして実現した。

「写真の町シバタ」とAAFの出会いは3年前。新発田に旅人として訪れたAAFネットワーク実行委員の加藤種男さんが、AAFのパンフレットを、にこにこしながら「応募してごらんなさい」と、私に手渡してくれたのがきっかけだ。思えば、これも不思議な縁である。
私は新発田出身で、「写真の町シバタ」の実行委員を務めている。全国60の団体が参加するAAFは、地域に根ざした市民プロジェクトをネットワーク化して支援している。そのため、アサヒビールのような大手企業のメセナが、「写真の町シバタ」のような草の根の活動にも行き届くという、よく工夫された仕組みだ。この日、対談に先立ち、アサヒビール、AAFネットワーク、「写真の町シバタ」の三者による記者発表を開催した。AAFが開幕行事を地方で行なうのは、これが初の試みで、他に福島県いわき市と大阪府大阪市で、記者発表とイベントが行われた。

記者発表会の様子

 記者発表では、アサヒビール社会環境部の原田卓也さんが、「未来・市民・地域」をキーワードとするアサヒビールのメセナ活動のプレゼンテーションをされた。続いての芹沢さんによるAAFのプレゼンテーションもそうだが、紙資料だけでは伝わりにくいメセナやAAFの仕組みや理念が、担当者が現場で話すことで、とてもわかりやすいものになっていた。地方の市民プロジェクトにとって、メセナはまだ馴染み深いものではない。「写真の町シバタ」内でも、メセナやAAFについて全員が理解しているとはいえなかったのだが、顔が見えるコミュニケーションというシンプルな方法論で、一気に解決した感がある。

新発田は、かつての城下町から陸軍駐屯地として栄え、写真が高価な時代から写真館で撮影をし、充実したアルバムを所持する家庭が多い。「まちの記憶」は100を超す参加店を、実行委員が一軒一軒訪ねて、写真をお借りしている。年代も種類も、さまざまな写真が集まる「まちの記憶回顧展」では、個性的な写真が集合体として、まちの記憶のモザイクをかたちづくっていた。これは、個性的なプロジェクトの集合体が、ネットワーク全体として魅力を放つAAFの存在とも重なる。

「まちの記憶」回顧展

イベント後の懇親会で「まちの記憶回顧展」の写真に囲まれながら、原田さんは「企業にとってのメセナは、本物のファンづくりなのかもしれないですね」といった。今春の異動でメセナ担当になったばかりの原田さん。「まずは自分も含めて社内にメセナの理解を深めたい」と抱負を語られていたが、実際に新発田の地を訪れることで、大きな手がかりをつかまれたようだ。それは私も同じだ。人と人が実際に会って、企業とプロジェクトが縁を結び、お互いにファン関係を築くこと。新しいメセナのかたちの手応えを、双方で共有できたと思う。

「まちの記憶」回顧展

対談の翌日、新発田を発つ芹沢さんが「対談が昨夜のこととは思えないね。古い写真をたくさん見たせいかな、時間の感覚がどうもおかしい」と笑った。
AAFでは「アート・ツーリズムでいこう」と謳っている。アートの旅には、思いがけず遠くまで思考がたどり着く魔法がある。開幕したばかりのAAF、出会いとヒントを求めて、どこかのプロジェクトを訪ねてみるのを、是非おすすめしたい

2015年6月12日訪問
(2015年7月22日)

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