トヨタ自動車株式会社

音は、垣根を超えてどこまでも。音楽が繋ぐコミュニティの輪

トヨタコミュニティコンサート
NPOとうかいマスターズオーケストラ
港特別支援学校

福島尚子[メセナライター]

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聴きに行く、ではなく、やって来るコンサート。それが「トヨタコミュニティコンサート」だ。トヨタ自動車株式会社が34年前から開催しつづけているメセナ事業である。このコンサートはトヨタ自動車と、全国各地のトヨタ販売会社グループ、そしてアマチュアオーケストラが三位一体となって運営しており、学校や病院、老人ホームなどの福祉施設に赴いてコンサートを開催する。

この日の会場は愛知県立港特別支援学校の体育館。観客は、港特別支援学校の小学部とその保護者である。出演は、「NPOとうかいマスターズオーケストラ」と「マリンバアート∞インフィニティ」、ソプラノの上井雅子さん、そして指揮は宗川諭理夫さん。いずれも、公演数だけでなく、さまざまな形態のコンサートに携わってきた、キャリア十分のメンバーだ。

小ぢんまりした体育館の前方には、オーケストラ用のパイプいすがずらり。その中央にある指揮台から子どもたちが座るマットまでは約2メートル。聴き手と演奏者の距離は、コンサートホールに比べてずいぶん近い。マットの上で、あるいは車いすで、パイプいすに座って…。客席も、聴く側に合わせていろいろ用意されている。
この柔軟性も、トヨタコミュニティコンサートの魅力である。

コンサートは「カルメン」組曲の「前奏曲」で幕を開けた。間近で味わうオーケストラの音圧に、一瞬会場は静まりかえり、そしてどよめきが起こる。音楽に合わせてリズムを取る子もいれば、大音量に驚く子もあり…。トヨタ自動車でメセナを担当する山岡由佳さんは、そんな子どもたちの反応を客席の後方から見守る。「今日は、音楽だけでなく、音量や音質など“音そのもの”を感じてくれてますね!」。

演奏する曲目は多岐にわたる。「さんぽ」などジブリの曲や童謡のほか、マリンバアート∞インフィニティのメンバーが音で紡ぐ音擬話(おとぎばなし)「ももたろう」の上演も組み込まれている。奏者が出演・演奏・裏方もこなし、衣装の早替えをしながら会場を盛り上げていく。これには子どもたちも先生や保護者の大人たちも拍手喝采の大盛り上がり。
とはいえ、1時間のプログラムはなかなかの長丁場。コンサートの半ばでは休憩時間も設けられているが、コンサートの途中でトイレに行ったり、たんの吸引などの医療的ケアが必要な場合も少なくない。出入りのしやすい環境、勝手がわかる場所で、気兼ねなく音楽を満喫できることは、特別支援学校の子どもたちと先生にとって、“安心して”楽しめる大切な機会でもあるのだ。教諭の森下浩二さんは、「ふだんの音楽の授業では聴く機会の少ない「生の音」に触れる機会はありがたい」と語る。
この日、最後に演奏されたのは、「港特別支援学校 校歌」。まさに、今日のコンサートのためだけのプログラム。会場から歓声が上がり、先生も子どもたちも歌いだす。「自分たちのために来てくれたんだ!」という感激が、体育館を満たしていく。

  

山岡さんは言う。「トヨタコミュニティコンサートでは、クラシック音楽を各地で演奏するのではなく、地域(施設や学校)の皆さんの思いや要望に沿ったかたちでコンサートを届けてきました。まちにある一つの会社として、お客さまにとっていつまでも身近な存在でありつづけたいと思っています。そのスタンスは、会社がどんなに大きくなっても変わりません」。

相手の受け取りやすいかたちでコンサートを届ける、という試みは、実践する山岡さんたちスタッフの意識も徐々に変えていった。コンサートで出会う人には、お年寄りもいれば、ハンディキャップのある方もいる。山岡さんも、最初はどう接していいのか分からず、戸惑うこともあったという。「コンサートを届ける側として、いつも“正しく”いなくちゃ、と思っていたんですね。でも、そんな心の垣根を徐々に下げていけたのは、やっぱりお客さまだったんです」。ある日、盲学校でコンサートを行ったときのこと。バイオリニストが客席の周りを歩きながら演奏した。すると、一人の生徒がぽつりと「この音きれい。バイオリンって、すてきね」と呟いた。心からの一言は、今でもスタッフの宝物になっている。
ふだんは車の販売を行っている会社のスタッフたちにとっても、いつもと違うトヨタの顔として、人と出会うコミュニティコンサートは貴重な機会である。これは、メセナ事業ならではの特色だろう。実際にトヨタコミュニティコンサートを聴いた人が、トヨタの販売店を訪れ「この間コンサートでトヨタの人が来たよ!」と声をかけてくれることもあるという。

トヨタ自動車と販売会社は別会社であるため、ふだんは別々のフィールドで働いている。しかしコミュニティコンサートで顔を合わせれば、いつも一緒に働いている仲間のように和気あいあいとしている。体育館にモップをかけ、スリッパを揃えて箱に詰め…。そんな時間にも、声を掛け合い、和気あいあいと作業する時間には冗談も飛び出す。そんな姿からは、会社が違う、という隔たりは感じられない。なによりスタッフの皆さん自身がこのコンサートを楽しんでいる、という様子が伝わってくる。
楽しみながら気を配る。私はそんなトヨタ・スピリットをコンサートの最中にも目撃している。というのも、この日のコンサートは、小学部対象。中学部の先生や生徒たちは体育館のそばの花壇で授業をしていたが、彼らにも音楽が漏れ聴こえてきた。愛知トヨタ(トヨタ販売会社グループ)の方がそんな様子に気づき、音楽がよく聴こえるよう、掃出し窓を開ける一幕があった。会場に入りきらないお客さまにも、音楽を届けよう!垣根を越えたトヨタの真心をそこに見た気がした。

2015年11月17日訪問
(2015年12月25日)

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