株式会社大林組 大林組東京本社アートプロジェクト

オフィス空間に溶け込んだアートと共生する

大林組東京本社アートプロジェクト
融合する建築空間とコンテンポラリーアート
大林組東京本社

矢口晴美[メセナライター]

インゴ・ギュンター《11の地球儀の舞踊術:地方地勢図(マケット1:40,000,000)》

JR品川駅東口に降り立つと、未来都市を思わせる高層ビル群が目の前に広がる。大林組東京本社が入る品川インターシティは、その中でも駅から最も近い一画にある。同ビルが完成したのは1999年1月。旧国鉄操車場跡の開発が始まってから15年以上も経ったことに、年月が経つのは早いと思いながら、3階のエントランスへ足を踏み入れる。

大林組のアートプロジェクトはもうそこから始まっている。エントランスの左手には、一見しただけでは見過ごしてしまいそうなほどシンプルな赤地と青地だけの絵画が壁に飾られている。エスカレーターでロビーのある3階へ上がり、後方を振り返ると、パステルカラーの円柱群の向こうの吹き抜けから、さっき1階で見た絵がのぞく。先ほどはシンプルすぎるように見えた絵画が立体作品と一体になった瞬間、美しい調和をもって迫ってきて、あっと声を上げてしまう。この一連の作品は、ミニマリズムを代表するエットーレ・スパレッティの《収集された風景》である。

これらの作品は、大林組が、東京の本社機能を品川インターシティへ移転・集約した際に行ったアートプロジェクト「融合する建築空間とコンテンポラリーアート」で作られたものだ。
プロジェクトのテーマは、同社の企業理念そのものである「オフィス空間に新たな価値を創造すること」。「建築と現代アートの融合」をコンセプトに、その企業理念を実現するため、同社設計本部と、アートコンサルタントの南條史生氏とが共同でプロジェクトを行った。

このプロジェクトでは、建築空間と現代アートが類を見ないほど、緻密かつ大胆に融合している。というのも、通常であれば、建物が出来上がった後に、その空間に合うアート作品を購入して設置するところ、ここでは、ビルの建設段階から2年の歳月をかけて作家とやりとりをしながら、建築空間と一体となる作品を作り上げているのだ。
このようなことが可能なのも、大林組が品川インターシティの施工を手掛けているからであり、建設業を生業とする大林組だからこそ実現可能なプロジェクトである。

本プロジェクトで作られた18点の作品うち15点は、受付の先のオフィス空間にあるため、ふだんは見ることができない。この日は、取材のため特別にCSR室担当部長の勝山里美氏に案内していただいた。

インゴ・ギュンターの作品《11の地球儀の舞踊術:地方地勢図(マケット1:40,000,000)》は、社内の受付フロアからエレベーターへの通路に設置されている。オフィスの中の異空間のようで、ただ何気なく歩いても気分が変わる。役員向けの応接室のダニエル・ウォルラバンスの《ひとつからもうひとつへ》や社員食堂のパーティションとして機能している崔正化(チェ・ジョンホァ)の《味覚?》など、それぞれの作品は、美しいだけでなく機能も持ち合わせている。

大林組が東京本社を建設するに当たって掲げたコンセプトの一つが、社員同士の交流とコミュニケーションを促すこと。このコンセプトに基づき、オフィス空間の中央の階層に当たる18階から28階の部分は吹き抜けで、そこを階段で行き来できるようになっている。フランソワ・モルレーの光の壁《上昇する円環から跳躍する35の円弧》は、灯りの役目も果たしており、アート作品といっても、さりげなくて、仕事のモードを妨げることがなく、吹き抜けの階段を行き来する人や廊下で立ち話する人が、35の円弧の中の風景のように溶け込んでいる。コンセプトに見事に応えた作品だ。

こんなオフィス空間で働くとはどんな感じなのだろうか。勝山氏に、オフィスにアートがあることをどのように意識しているかと尋ねると、
「普段はアートがあることが当たり前で、特に意識していないが、改めて考えると、アートがなかったらととても寂しいと思う。雰囲気もずいぶん違ったものになったでしょう」と話してくださった。
「アートのある空間で打ち合わせしたり企画を考えたりすると、頭が切り替わり、仕事も楽しくやろうという気持ちになります」と言う。

大林組の大林剛郎会長は、日本でも有数のアートコレクターだが、このプロジェクトを遂行する中でコンテンポラリーアートのファンになっていったそうだ。コンテンポラリーアートの魅力の証しとなるようなエピソードではないか。時には、会長自らがガイドするアートツアーを行うこともあるそうだ。

美術館へ行って鑑賞することなしに、日常の中で無意識にアートに囲まれて過ごせるなんて、とても恵まれた環境だなあと思う。“環境”は、知らないうちにじわじわと人に影響を与える。建築に携わる人たちが、建物とアートが融合した空間の中で働くことで、街に新たな価値を持ったビルが増え、日本の街並みが少しずつ美しいものに変わっていったら素敵だ。

写真:インゴ・ギュンターの作品《11の地球儀の舞踊術:地方地勢図(マケット1:40,000,000)》の前に立つ勝山里美氏 撮影:矢口晴美

2016年2月2日
(2016年4月26日)

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