サントリーホールディングス株式会社/サントリー芸術財団

人を癒す水と音楽―響き合う魂

ウィーン・フィル&サントリー音楽復興基金「こどもたちのためのコンサート」特別公演
~岩手・宮城・福島のこどもたちとウィーン・フィルメンバーによる夢の共演~
サントリーホール

大野はな恵[メセナライター]

子どもたちとウィーン・フィルの共演 提供:サントリーホール

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 Alle Menschen werden Brüder, wo dein sanfter Flügel weilt.
すべての人々は あなたの優しい翼のもとで みな兄弟となる

シラーの詩が魂の奥底にまで響いてくるようだ。これまで聴いた第九とは全く異なる体験といっても過言ではない。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の楽団員と、過酷な体験をした子どもたちの手による演奏には特別な意味がある。

演奏後の交流会にて

 2011年3月、東北地方は未曾有の惨禍に見舞われた。東日本大震災である。日本公演も多いウィーン・フィルからの申し出を受け、翌年、サントリーホールディングス(株)とウィーン・フィルは共同で音楽復興基金を創設した。被災地とウィーン・フィル。両者をつないだのはサントリーホールを擁するサントリー芸術財団が長年にわたって培ってきた友情だ。

子どもたちとウィーン・フィルの共演 提供:サントリーホール

 世界最高峰の演奏家による被災地訪問がそこに暮らす人々の勇気になると考えた同財団は、音楽の力による復興センター東北や、いわて文化支援ネットワーク、いわき芸術文化交流館アリオスといった現地の芸術支援組織やホールと支援のあり方について相談した。そして、未来を担う子どもたちのために何かしたいという関係者の思いは、ウィーン・フィルの楽団員が被災地を訪ね、子どもたちに演奏指導するというかたちで結実する。5年目を迎えた今年、足を運んだ楽団員と演奏を磨いてきた岩手、宮城、福島の子ども達との集大成ともいうべき共演が東京・赤坂のサントリーホールで行われた。

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 公演後、出演した子どもたちが口々に教えてくれたのは楽団員たちの温かさだった。楽団員が演奏中に見せた、子どもたちを包み込むような眼差し。その優しさと奏でられた調べが観客に感動を運んだ。サントリー芸術財団音楽事業部長兼シニア・プロデューサー佐々木亮さんは、ウィーン・フィルの楽団員と共に当初から被災地に足を運んだ一人だ。

演奏後、子どもたちとの交流会で挨拶する第一バイオリンのダニエル・フロシャウアー氏。
基金運営の窓口としても尽力してくれた人物。

 「2012年に活動をはじめてあっという間の5年でした。ウィーン・フィルのみなさんはどんなハードスケジュールの中も、毎年被災地に足を運んでくれました。たとえば岩手県宮古市までは新幹線とバスで片道5時間かかりますが、日本ツアー合間のオフの日に早朝東京を出発、午後には献奏、学校訪問、夜コンサートを行って、翌朝帰京ということもありました。それでも嫌な顔ひとつせず、常に全力で演奏や指導に取り組んでくれました。こうしたことが、一つひとつ蘇ってきます」。

サントリー芸術財団音楽事業部長兼シニア・プロデューサー佐々木亮氏(右)とサントリーホール広報部長の越野多門氏

 苦楽を共にした仲間として、こみ上げてくるものがあった。被災した人々の心に寄り添ってくれた楽団員の一人ひとりに賛辞を述べる姿の裏には、綿密な計画と苦労があったに違いない。夢の共演は多くの人に支えられている。

サントリーホールディングス株式会社を始めとするサントリーグループは、酒類や清涼飲料を中心に幅広い事業をグローバルに展開する「水」をキーワードとした企業として知られる。ワインやウイスキーを日本に根付かせた二代目社長佐治敬三氏は、 日本全土が高度経済成長に沸いた1960年代、サントリー美術館と鳥井音楽財団(現・サントリー芸術財団)を設立した。そして、西洋音楽のための理想的なコンサート専用ホールがほしいという周囲からの声に応えるべく、サントリーホールを開設したのは今から30年も前のことである。以来、サントリー芸術財団とサントリーホールはクラシック音楽シーンの中でも際立った存在であり続けてきた。

ウィーン・フィルメンバーによる献奏

 カラヤンをはじめ、サヴァリッシュ、アバド、バーンスタインといった20世紀を代表するマエストロや一流の演奏家が出演した数々の名演はいうに及ばず、サントリー音楽賞(前・鳥井音楽賞)などの顕彰活動、本邦の作曲家を取り上げた「作曲家の個展」や国際作曲委嘱シリーズ、こども定期演奏会(東京交響楽団との共催)など。趣向を凝らした企画の数々が楽壇に果たした役割は計り知れない。「サントリーホールはサントリー社員の誇りであり、皆が応援してくれています。例えば、今回の特別公演には100名以上の社員がご家族と共に来てくれています。こういった活動を社員一人ひとりに知ってもらい、想いを共有したいですね」と語ってくれたのはサントリーホール広報部長の越野多門さんだ。音楽に造詣が深かった佐治敬三元社長も「サントリー1万人の第九」で合唱団員として歌っていたというから、同グループの芸術支援に対する力の入れようは並大抵ではない。

サントリーが誇るブレンデッドウイスキーの最高峰は「響」と名付けられている。「響」は当時のチーフブレンダーだった稲富孝一氏がブラームスの交響曲から着想を得てつくり上げたものだそうだ。「ブレンドにも協和音と不協和音があって、悪い音が一つあるだけで台無しにしてしまう。音量のバランスや音色がどのように完成するかを考える点で、ウイスキーのブレンドと音楽のブレンドはすごく似ていますね。チーフブレンダーと指揮者の仕事には共通点があると思いますよ」と佐々木さん。確かに、今回の特別公演でもウィーンの艶やかな音色と子どもたちが奏でる溌剌とした音色が、世界的指揮者として活躍中の山田和樹氏によって巧みにブレンドされていた。

「水」が我々の喉を潤すように、サントリーホールは音楽を通じて人々の人生を潤してきた。今年もあと僅かとなったが、クリスマスコンサートなど楽しみな公演が残されている。巨匠カラヤンに「音の宝石箱」と賞賛されたサントリーホール。幕間には、その名も間奏曲と名付けられたバーカウンター「インテルメッツオ」に足を運んで、音楽とお酒で心満たされる時間を味わってはいかがだろうか。

2016年10月16日訪問
(2016年12月19日)

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